心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

永遠。

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ある時、相談者と話しているうちに、話は脱線し、ずうっと未来のことになった。
科学が進歩すると、病気なんか全部治ってしまうし、老いることもなくなるのだと。
それどころか、死すらなくせるんだと。
永遠の命を選ぶことも可能になるんだと。

夢の未来はすぐそこまで来てるんだよ?
と、相談者はNHKの科学番組や外国の科学サイトのトピックを挙げて熱く語った。
その時の相談者は、本当にそんな日がすぐそこに来ているかのような、ウットリとした表情で話している。

それは、病と共に日々暮らしている彼の夢だ。
苦しみからひと時でも解放されたい、彼の理想郷だ。
そうだったら、どんなにいいか、とあたくしも彼の為に思う。

でもね~と、あたくしは話の腰を折る。
「おばちゃんは、あと20年くらいしか生きないと思うから、あなたの見る未来はきっと見れないなぁ~」
いゃあ~残念だね、と、「かかか」と笑ってみせた。



これは本心だ。
実はもう、あんまり長生きしたくない。
辛いことがあるわけでもなく、未来に絶望しているのでもない。
今が、とても楽しい。
だから、なんだか長寿への執着がまるでなくなったみたい。

こうして走って走って、駆け抜けたい感じ。
このまま燃え尽きたい感じ。
それくらい、過剰に満たされている。
あたくしは、もう、この感情の嵐に耐えられない。

そうしたら相談者は、「もう、ほんの10年くらいで」その未来が来るというのだ。
だから、大丈夫だよ? 安心して! あたくしもその未来を享受できるのだと、彼は真剣な表情で言う。
「うそん(笑)」
あたくしは思わず笑った。

「だって、その頃には自分は60歳過ぎてるし、その身体で永遠に生きるなんて、ヤダよ」
あたくしは限りある命の方を選択することを主張した。



そうしたら、彼は、最近実際に行われた不思議な実験の話をした。
年老いたネズミに若いネズミの血を入れたら若返ったんだと…。
「最新の科学で、若返ればいいじゃないですか? できますよ?」

「………」

不思議なことに、その時、あたくしの胸に溢れて来たのは、彼に対する罪悪感だった。
それならすでに思い当たるフシがある。
あたくしに新しい血を流し込んでくれてるのは、目の前の相談者…彼だからだ。
知らないうちに吸血鬼になってたような、ちょっと嫌な気持ちもした。

それなのに彼は無邪気な顔で、一緒に未来を見ようと、ニコリと笑う。
彼の夢のような「永遠の世界」に、あたくしも置いてくれるのだろうか?

困ったことに今、わたしの心だけが、自身が戸惑うほどに若返っちゃってる。
あたくしは~、本当は、身体も20歳くらい若返って、仕事なんか放り出しちゃいたい。
こんなこと思ってはいけないのだろうけど、この子と対等な立場の友達になりたいんだな、とシミジミ思った。
そうして、宇宙や未来や人の心の不思議さなんかについて、ずっと話していたい。
これまでずっと孤独に耐えてきた、病の辛さのことなども。
静かで優しい、森や湖のほとりに佇んだり、海の波をぼんやり見ながら…。

いつだったか、相談者が「大切な猫が老いて死んでしまったらどうしよう…」と打ち明けてくれたのを思い出した。
その時は「生きてるものはいつか死ぬ」とクールに宇宙の摂理を説いたのだけれど、この不安は、全般性不安障害の自分にも常につきまとう不安だ。
大切な存在に何かあったらどうしよう?
もう会えなくなったら自分はどうなっちゃう?

永遠の世界は、時間が止まっていて、別れがないのだ。
そこでは、彼もあたくしもこれ以上、歳を取らない。

窓もない相談室に、こんな永遠が潜んでるなんて、誰が想像できようか?
あたくしはこの日、このひとときが、永遠に続くことを切に願った。