心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

嘘つき。

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皆様、ご無沙汰です。
何とか夏を乗り越えることが出来てホッとしました。
今年の夏は、あたくしにとって分厚くて充実した夏でした。
一生忘れないでしょう。

さて、
先日、あたくしの愛しき相談者が、面談で「家族喧嘩」の話題を聞かせてくれた。
話題は喧嘩であるものの、実は良い話だ。

彼はこれまで、一度たりとも現在進行形の家族の話をしてはくれなかった。
そうして、これまで彼は、「家族は自分に無関心」「夫婦仲は冷え切って、喧嘩すらしない」「一緒に食事をしない」「食事はほとんど冷凍食品」という言葉を連ねて、いかに自分の家庭環境が崩壊していて冷たくて辛い状況かをアピールしてきた。

最初は、彼の言葉通り、あたくは彼のことを、そんな不憫な家庭の可哀想な子だと思って傾聴していた。
しかし、日を重ねるうちに、自分には「おや?」と違和感に気づかされることが多くなった。
彼はいつもピシッとシワのないカッターシャツを着てやってくるし、ボールペン一本の貸し借りも非常に律儀に許可を求めてくる。
日頃の謙虚さや、礼儀正しさや、どことなくセンスの良い感じや、子供時代のエピソードを聞けば聞くほど、ますます彼はそこそこ深い愛情を注がれて育ってきたんじゃないかしら?と思うようになった。

そんな風に、相手の言葉の違和感に気付けるだけの一種のカンが備わったのも、本当に荒んだ家庭の子供の心の内も日頃お聞かせいただいているからかもしれない。
彼らが本心をお話ししてくれるだけで、あたくしは日々、大切なものを学ばせていただいている。

それで、最近のあたくしは、どの相談者に対しても、話の真偽については実はそれほど深く考えないで聞いているのであった。
一つには、現実がどうであれ、その心象風景がその人にとっては、真実の世界であるから。
よっぽど他人を誹謗中傷したり、すぐにも実害が発生しそうにない限りは、「それは大変だね」「辛いね」と共感するにとどめている。



その日の彼の「家族喧嘩」の話は楽しい話だった。
どこの家庭でも、ちょっとした勘違いやすれ違いから起こり得そうな、楽しい「喧嘩」だ。
家族がいるからこそ出来る、温かい喧嘩だ。

その証拠に、その日の彼は、家族の話を“初めて”笑顔で話してくれた。
この時の、私の一瞬の驚きの後に、心に溢れ出てきた喜びの感情は、彼には気付きようもないと思う。
自分の長年の「実は、彼の家庭はそんなに仲が悪くはないのではないか?」という疑惑が晴れた喜び(笑)と、「この大嘘つき!」と彼の頭を軽く小突きたい気持ちと、そんな風に家族観が変わった彼に対して「良かったねえ!」とシミジミと想う気持ちと、それはそれは複雑で甘酸っぱいものだった。

彼の言葉の矛盾をほじくり返して「あなた大袈裟に家族仲悪いって言っているんでしょう?」と疑いの言葉を向けていたら、プライドの高い彼は、決してこんな話をあたくしにしてくれることはなかっただろう。

「そんな風に大喧嘩しちゃって、次の日とか大丈夫なの?」
あたくしは笑いながら聞いた。
「ウチの家族は、爆発したら後はケロっとしてますね」
「あなたが根に持つことはないの?」
「ないですね、気にならない」
「似た者家族なんだね? サッパリしてるんだね!」
そうそう、と彼は頷いた。



あまりにも嬉しい話だったので、このことはあたくしの師匠であるカウンセラーにも共有させてもらった

そして、楽しい話であるのに、やはり自分の心には一点の曇りがあるような気がして、それを見つめた。
「先生…」
あたくしは、愛しき相談者の家族喧嘩に話を聞いていた時に溢れ出た、複雑な甘酸っぱさを反芻している間に気がついたのだ。
「あたくし、その中に、悲しい気持ちもあったんです」

「ほう」
カウンセラーは、大好物が出てきた時の様な嬉しそうな顔をする。

「だって、本当は“あたくし”が彼の家族になりたかったんですもの」
どんなに良い話か分かっているのに、あたくしは自分の心に沸き起こった、羨望や悲しみに気付いてしまった。
だけど、それはこれまでの自分の思い上がりに突きつけられた現実で、とても恥ずかしいことだった。

「そうだね、だけど、それは不可能だよ」
先生は静かな顔でおっしゃった。
あたしくしも、それに被せるように言葉を繋げる。
「ええ、頭では分かっているんです。本当のお母さん、お父さんがいて、兄弟がいて、みんなに愛されていて、自分はただの通りすがりってことを」

それからあたくしは告白した。
なぜかあたくしの愛しき相談者への気持ちの中には、彼の話を聞きたいという気持ちに加え、あたくしの話を聞いてもらいたいという欲求が潜んでいる。
それは、彼が本当に巧妙に自分が求めている返答を返してくれるからなのだけれども、それは、彼があたくしに興味があるとかそういうのではなく、実に偶然な生物的な反応として奇跡的に上手く呼応しているだけなんだと、あたくしは理解している。
だけど、彼の返してくる言葉や態度が、あたくしが家族に求めている理想の優しさ、温かさににソックリなのだ。

ぶっちゃけ、何だか知らないけれど、組み合わせで自然とそうなっちゃうから、あたくしは困っているのだ。
「それは、あたくしだけのファンタジーだって、もう重々承知なんですよ?」
分かってます、分かってるんですってと、畳み掛けるようにあたくしは言い訳する。
今回のように愛しき相談者の精神的な成長を感じるにつれ、喜びだけでなく悲しみや羨望を感じる自分に、あたくしは恥ずかしさを感じ、困っている。

「じゃあ、次は、あなたのそのファンタジーについて話そうか?」
先生は正直者には優しい。
あたくしはしおらしく「お願いします」と依頼した。