心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

ひとさらい。

f:id:spica-suzuhazu:20191124091416j:plain
ある日、夫から「人間のクズ」と言われた。
「自分の奥さんつかまえて、“クズ”呼ばわりかよ?」
あたくしは瞬間的に煮え繰り返った。
その日の夕飯は台無しになった。



考えたこともなかったのだけど、
いや、実は薄々気が付いていたのだけれど、
今の職場には配置転換があったのだ。

要するに、少しお仕事がマシにできるようになると、
他所の仕事場に異動させられるのだ。
それがサービスの均一化に一番手っ取り早い。

だけど、あたくしはその命令に激しくゴネた。
実際に少し前からそうなのだけれども、
「今、自分はものすごく具合が悪い。
 そんなことになったら、あたくしは壊れてしまうかも?」
と、脅してみたりした。

しかし、偉い人はそんな言葉には微動だにもしない。
壊れない程度にやってくれれば大丈夫だから(笑)とか言って。

いや、本当のこと言いますよ?
自分は現在の担当の子を放り出しては行けません。
もうちょっと、もうちょっとだけ、待っていただけません?

そうしたら、
「待てないが、そんなに気になるなら、連れて行けばいい」と偉い人は言う。
「全員ってワケにはいかないけどさ、いいよ?」

断りの口実で放った言葉に、思わぬ返答を受け、あたくしは激しく狼狽した。



夫があたくしを「人間のクズ」と言った理由はよく分かる。
あたくしは、自分の葛藤を、相談者にそのまま背負わせたからだ。
あたくしは、実際にあたくしの相談者の何人かに選択をさせたのだ。

「あなた一人が、忽然と消えればいいのに、なんでそんな残酷なことができる?」
夫はそう言った。
なんで? そんなの理由は明確だ。
最後まで、見届けたいから、それだけ。



「次の面談までに決めておいてくれない? 
 あたくしとの相談を続けたいなら、他所の場所に足を運んで欲しいの」
そのときのあたくしは、どんな顔をしていただんだろう?
冷静さを装っていたけれど、挑む様な顔をしていたかもしれない。
いや、自分は絶対にものすごく怖い顔をしていた!

すでに、食事が喉を通らなくなっていた。
これではいかん、と、カロリーメイトやゼリー飲料、ヨーグルトなどでしのいだ。
酒も…夜は「液体おにぎり」と称して、日本酒をちびりちびりと飲んだ。
どうしても、明け方の変な時間に目が覚めてしまう。
これはストレス時の一時的な反応だ、と自分に言い聞かせた。

彼らがあたくしを卒業して、他の担当に相談することになっても、きっと彼らは、新たに信頼関係を作り、何とかやっていけるんじゃないかと頭の隅では思っていた。
だけど、あたくしは単純に別れが辛いのだ。
とても耐えられそうにない。

この緊張が続いて、病の域に達したら、自分は全てを諦めよう。
そして、その判断が自分でできるよう、分別だけは最後まで手放すまい、と決心した。



かくして…、
ここで何度も登場した煩悩のタネ…彼だけが、自分との相談継続を希望した。
「あたくしを選んでくれたことを後悔させないよ」
と、あたくしは言ったが、これはそのまんま、愛の言葉ではないか?

ある職場の方は、あたくしと彼のこの繋がりを「共依存的」と評した。
そうに違いない。
彼があたくしを必要としてくれたように、今回、あたくしも改めて彼を必要としていることを強く感じたからだ。
でも、それはそんなに悪いことなんだろうか? あたくしには分からない。
親子や夫婦や恋人同士や友人間で、互いに必要とし合うことは、いくらでもある。
そういう関係じゃないから、否定的に捉えられるのだろう。
やっぱりあたくしは「人間のクズ」なのかもしれないし、少なくとも相談を受ける人として失格なのかもしれない。

あたくしは、ひとさらいだ。
秋が終わり、冬に移る頃、我々は新天地に向かう。

自分の煩悩の底知れなさを恐れながら、あたくしは彼が巣立つまで守りきろうと決意した。