心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

ハローワークにて。

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就職活動の一環でハローワークにも通っているのである。
 
今回は、相談員の所に履歴書を持参して、訪れた。
相談したいことはひとつ。
「ここで…」と、あたくしは履歴書の1点を指し示す。
「事件に遭い、体調を崩してからは、仕事が続かないのです」
現実は変えようもないが、気持ちの整理をつけて、面接時に淀みなく返答したいのだ。
 
相談員は「まあぁ」と言った。
職を失う度にハローワークには来ているのだけれど、犯罪被害を話題に盛り込んだのは初めてだ。
要するに、実験だな。
トラウマで働けなくなった人とか病気をクローズにして働いている人とか、そんなことに相談員がどんな対応をし、その時、自分がどんな気持ちになるのか芸の肥やしとして、知りたい。
 
相談員の回答は簡単だった。
「手短に適当言って誤魔化しなさい」
手短というのがポイント。詳細にこだわって長々喋ると馬脚を現すからね(笑)。
「家庭の事情」という伝家の宝刀があるではないか、すべからく職歴のブランクはあれでイケ、とのことだった。
 
嫌だなぁ〜、結局、嘘を付けというのがご指導なのだ。
いちいち本当のことを言いたくなってしまう自分の方がおかしいのだろう。
 
ただ「過去を取り繕うことにエネルギーを注ぐなら、今これから何ができるかアピールした方が効果的」とアドバイスされたことは、「その通り」だと思った。
 
何だかね〜、その相談員の雰囲気が、街角の手相見るおばちゃんみたいなんだよね(笑)。
「事件なんて随分前のことじゃない、忘れなさいよ。あなた何やってるの?」
「いい仕事について、誰かを見返したいというこだわりがあるんじゃないの?」
「心を込めて家事をすることだって立派な仕事なのよ?」
優しさを含んだ辛辣な言葉で、ズバズバ、グサグサ来る。
でも、この辺はこの10年、何度も人に言われたし、自問自答してきたことだから、想定の範囲内
 
 
 
だけど次の言葉には驚愕した。
「あなたより、罪を犯した人の方が、ずっと、職を得るのが難しいのだからね」
 
申し訳ないけど、当たり前じゃあないのよ! 比較しないでよ! と思った。
それより、犯罪被害者だって言ってる人の前で、それ言う?(笑)
あたくしは、カウンセリングでトラウマ治療をしたことさえ話したのだ。
 
しかし、元犯罪者の就労支援というのは、この方のライフワークらしく、何やらスイッチが入ってしまったようなのだ。
恐らく、あたくしの「犯罪被害者です」という言葉が、多分、そのスイッチを押したのだろう。
面白い…あたしが相談員に対して抱いた期待感には、予想以上のリターンがあったのだ。
 
「逮捕をきっかけに家族からも縁を切られてしまったような、そんな孤立無援な人をサポートする」と、その人は言った。
「再就職先は、悪い仲間と再会することがないように郊外にする」とか、
「再就職できないと再び罪を犯すから、何が何でも絶対に就職させる」とか、
とにかく、それらはあたくしの就職には全く関係ないのに、相談員の情熱的な語りは止まらない(笑)。
 
「あたしはね? 彼らには“刑に服して罪を償ったんだから、それまでのことは忘れて前を向いて頑張らなきゃ”って言ってんのよ」
そうなのだ、ここだけでなく、大抵のことは誰に対しても「忘れなさい」と言うのが指導の王道なのだ。
 
 
 
あたくしとあたくしの大切な同僚と職場を貶めて逮捕されたあの犯人も、「もう罪は償ったのだから」と励まされたのだろうか?
 
あたくしの犯人の場合は、罪を認めようともしなかったし、認めた後も言い訳ばかりしていたと聞くし、罰金50万円や、他にも損壊したものの賠償金などは、無一文の犯人の代わりにさして裕福でもないお姉さんが支払ったのだ。
事件から5年経った頃、もう事件のほとぼりが冷めたと思ったのか、SNSを通じて犯人から連絡が来た時も、全く悪びれている様子がなかった。
 
SNSはブロックしたものの不安に駆られ、インターネットで犯人の名前を検索(非常に珍しい苗字)すると、彼は今までとは全く違う職業についており、とある施設のHPでニコニコと笑った写真とともに「真心を…」とかほざいているのある。
 
それを目にした時の、自分の中に黒いシミが広がるような感覚が忘れられない。
 
嘘を付くことに何の良心の呵責もない彼は、罪を犯したことさえも誤魔化して、シレッと再就職したのかもしれない。
「忘れなさい」と言われる前に、自分のやったことを覚えていられないような人もいるだろう。
 
かつての自分だったら、相談員から今回のような言葉を投げかけられることも耐えられなかっただろう。
「あなたは被害者より、元犯罪者の肩を持つのか!」と、いきりたったかもしれない。
 
だけど、目の前の相談員の方は、“あたくしの”元犯罪者を庇っているわけじゃない。
犯罪被害者より元犯罪者の方が就職が困難である、と一般論を述べているだけなのだ。
犯罪被害に遭ったことで働けなくなる人だっているだろうけど、それはハローワークの管轄外。
就労意欲がある人であれば、そのバックボーンで選別することなく、あまねく就職のサポートをするのがハローワークなのだ。
そう考えると、目の前のこの相談員は仕事に熱心な全うな人であり、あたくしは多少くたびれていたとしても、まだまだ状況が恵まれた求職者だと言いたいのだろう。
 
「(いろんな意味で)こんなにハローワークで勉強させてもらったの初めてだわ」との満足感を胸に、最後にあたくしは相談員に感謝を述べて席を立った。
 
 
 
だけど、自分は気付いてしまった。
自分はまだ犯人をかなりの激しさで憎んでいる。
進歩したのは、その憎しみを赤の他人に向けなくなったことだけ、である。
 
トラウマによる恐怖心が薄れて、外に出たり、新しい人と知り合うことへの不安が軽減されても、それは犯人への怒りが収まることとは全く別のことなんだ。
 
自分は未だに、犯人に一生、自分のやったことを後悔し続けてもらいたいし、どれだけ卑劣で最低なことをしたのか恥を感じ続けてもらいたい、と思っているのだ。
 
全く自分に縁もゆかりもない人から過去の罪を告白されたら、あたくしだって「それは償ったんだから」と言うだろう。
だけど、それとこれとは別、絶対あたくしはあの犯人を忘れないし、許せない。
そう頑なに思う自分がおり、それは自分が今以上に安らかになるために、乗り越えたい山なのだ。