心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

記憶の不思議。

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先日、夫とあたくしの友人との三人で居酒屋で飲んでいたら、夫は少々飲み過ぎたのか、突然、自身のかつての鬱体験を語り出して仰天した。
隣にいたあたくしは「やめときなよ」の気持ちを込めてテーブルの下で軽く足を蹴飛ばしてみたけれど、一度スイッチが入った夫の語りは止まらない。
仕方がないな…と聞くうちに、あたくしは何だか奇妙な気持ちになり、次第に自分の顔から血の気が抜けていくのを感じた。
 
その帰り道、地元の駅から自宅までの道のり、きっとあたくしは怖い顔をしていたのだろう。
夫はどこか怯えており、横に並んで歩かず、キッチリ2メートルくらい後ろをトボトボと付いて来る。
 
自分は怒っていたのではなくてむしろ唖然としていた。
と、いうのも約15年ぶりに夫の口から語られた当時の出来事は、自分の認識とは随分違っていたから。
 
一番ビックリしたのは…あたくしは夫の鬱の面倒を見ているうちに、最初のパニック発作を経験したのだけれど、夫の記憶だとあたくしの方がすでに先に鬱を患っていたという風にアレンジされていたことだ。
それゆえに夫の鬱に素早く気が付き、すぐに病院に連れて行ってくれた…と。
夫はあたくしのことをまるで「良い嫁さん」のように語っていた。
 
 
 
しかし、事実は少し違う。
夫は2週間無断欠勤をした上に、あたくしがとりあえず休職して欲しいとお願いしたにも関わらず、10年以上勤めた会社を急に辞めた。
毎日布団の中でただオイオイ泣いて、そうして、頑として病院には行かなかった。
「自分はタダの怠け者だから」と傷病手当も雇用保険の手続きもしなかった。
(今思えばだが、会社の総務あたりからのアドバイスも何一つなかった)
 
当時、結婚3年目で、あたくしは自宅でお仕事をしていた。
子供ができた時に家で仕事してた方が仕事量の調整も容易だろう、育児との両立もしやすいだろうと夫婦で話し合って、あたくしは自営業に切り替えたのだ。
そこそこのお仕事をいただけるようになっていたけれど、フルで働いていた頃の収入には及ばない。
こんなことなら辞めるんじゃなかった! と後悔した。
 
夫の母親に相談したところ、「こっちに帰ってきて好きなだけ実家でノンビリ暮らしたらいい」と言う。
田舎に帰っちゃったらその先、夫と自分の仕事はどうするの? と、自分は不安になった。
 
思いつくだけいろんな人に相談したような気がするのだけれど、大概の人が「ゆっくり休めば良くなるよ」みたいに、暗にそんなに焦らなくても大丈夫だよ、とあたくしを安心させようとした。そこで自分はますます不安になった。
 
なだめてもすかしても脅しても、夫は「病気ではないので病院には行かない」と言う。
鬱になるまで夫の変化に全く気がつかなかった自分をとても責めた。
実際に夫の上司には「奥さん、ちゃんと見ててくださいよ」と言われた。
今なら、じゃあ鬱になるまで働かせた会社の責任は?と思うけれど、当時のあたくしはそんな理不尽な言葉をすっかり真に受けてオロオロしてしまった。
 
仕事を納品日に間に合わせるよう必死で夜鍋仕事をしながら、当時自分がどのように夫の面倒を見ていたのか、実は自分にもほどんど記憶がない。
隣の部屋で布団をかぶってシクシク泣き続ける夫の気配を感じながら、自分は気もそぞろでパソコン仕事をしていたのだろう。
 
ある日、ちょっとだけ打ち合わせに出掛けて帰宅したら、台所のガスコンロの青い炎だけがボウッと点いていてギクリとしたことがある。
流しに片手鍋と丼が突っ込んであって、夫が自分でラーメンを作った後、コンロの火を消すのを忘れたらしいと気付いたら、「夫を一人にしてはいけない」とゾッとした。
 
そんな日々が半年も続いたある日、自分は突然パニック発作に見舞われたのだ。
転がって苦しんでいる自分に夫が近寄ってきて、無邪気な子供みたいに「大丈夫?」と聞いた。
あたくしは鬼の形相で絶叫した。
「大丈夫じゃねえ!」
いつまでも病院に行くのを拒むから、自分まで病気になった!と物凄い勢いで夫を責めた。
 
それでやっと夫は病院に行ってくれたのだ。
そして、抗鬱剤を飲むと、嘘のように直ぐに夫は元通りになった。
結果的に自分の方が長患いになってしまったが…。
 
あのあたくしの、鬼と化して放った魂の叫びを、夫は全く覚えていないようなのだ。
 
 
 
居酒屋で、夫の語りを聞いているうちに、やっと思い出したのだことがある。
どうして、あんなに強烈な記憶をすっかり忘れていたんだろう?
夫が何度も何度も「ベランダから飛び降りて死にたい」と言ったことを。
 
あの半年間、ちょっとでも目を離したら夫は死ぬかもしれない、と自分は毎日毎日、怖かったのだ。
どうしよう、しっかりしなきゃ、全部ちゃんとやらなきゃ、何かあったら自分の所為だ、と自分は常に緊張していた。
居酒屋で夫の話を聞いているうちに、当時の恐怖と緊張感が、まるで電子レンジで解凍したみたいに、目の前にホッカホッカの状態で再現されちゃったのだな。
 
自分はずっとこの件に関しては怒っていると思っていたけれど、それはフェイクな気持ちで、ものすごく怖がっていたのだ。
記憶って不思議。
 
そうして何よりの問題はそんな記憶の相違ではなく、「あんた何言ってんの? ちげーよ!」とざっくばらんに当時を振り返ることのできない、今現在の“二人の関係性”だと思うのだけれど!