心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

合谷(ごうこく)。

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日々の仕事には相談業務が含まれる。
仕事全体の一部にすぎないのだけど、カウンセリングを少しでも学んだあたくしにとっては特に大事にしたい時間だ。


あたくしは、そんな“神聖な時間”に、やってはいけないことをしてしまったのだ。

それは、触れるという行為。

もちろん、あたくしは最初に「触れてもいいですか?」と断った。
そうして、相手も快く了解した。
だから、表向きは何の問題もないようにも思える。

だがしかし、それは自分の気持ちを誤魔化しているのであり、その証拠に、後から思い返す毎に、罪悪感と羞恥心がもたげてきた。

失格だわ…。とつくづく感じた。


 
あたくしはその経緯を説明する。

「相手がですね、しきりと身体がダルい、身体が凝る、と訴えたのです。
 それでね、手の平に合谷と言うツボがあるんですよ」

「はいはい、知ってます」とカウンセラーの先生は相槌を打つ。

「それでね、疲れたら、自分でココを押すといいよ、って押したの。
 もっ、もちろん、事前に“手にちょっと触るけどいい?”って言ったのですよ?」

あたくしのドモり具合を見て、先生は冷静に言った。
「触んなくてもツボの位置なんて教えられませんか?
 指で指し示すだけでよくないですか?」

「そうです!」
だから、こうしてカウンセリングルームで懺悔している訳です。
「なぜ? なぜ指し示すだけで良いのに触れたんですか?」
今日の先生は静かで穏やかであるが、裁判官だ。

「理由なんて、簡単ですよ。
 触れたかったからですよ」

ここから今日のカウンセリングはさらに核心に触れる。
 
相談という仕事であれば、たまには好きになれない人もいるだろうに、
今の自分にはそんな方は一人もいなくて、
自分が相談を担当させていただいているその方達、一人一人が
あたくしはみ〜んな大好きなのだった。
それで、時折…いや、しばしば無償にハグしたくなってしまうのだった。
 
「も、もちろん、ハグなんかしませんよ。
 そんな気持ちが常軌を逸してることも重々理解してるんです」

先生の目は、そんなあたくしを冷静に見つめてる。
「ハグして、どうなりたいの?」
「安心ですかね?」
「相手を安心させる?」
「それが…違いますね…自分ですね…自分が安心したいんです」

ユックリとした口調で先生は問いかける。
「ハグしたとして、あなたは安心するんですか?」

う〜ん…
あたくしは自信なさげに答える。
「…なると思います…」

「ならないでしょっ⁈」

ピシリと怖い顔で先生は即座に返す。
そうそう、今日のあたくしは怒られに来たの。
「そうですね…、ならないですねぇ…」
 


あたくしは「そんな自分の気持ちが邪魔なんです」と告白した。

もっと冷静に対処したいのです!
どんなことを聞いても、動揺しないタフな心を持ちたい。
だけど、今の自分は、いちいち相手の告白に心が震えるんです。
そんな自分の気持ちが辛くて…邪魔で…。

「人の話聞いて何にも感じないなんて、そんなのさぁ、無理だよ?」
と先生は呆れ顔をする。

だけれども、そんな風に自分の気持ちに振り回されて、
相手を真っ直ぐに見れない自分がイヤなんです!
家に帰ってからも、なぜそんな風に感じたのだろうか?とか、
自分の気持ちばかり反芻しちゃうんです

「それでいいんだよ?」
満足そうな笑みでニコリと、先生は言った。
「自分の気持ちをちゃんと見つめなさい。
 自分の感じることから目を背けちゃ駄目だよ。
 その気持ちはとても大切なものなんだから」

あたくしには、誰かの特別な人になりたい、という深い煩悩がある。
その煩悩が、目の前で告白してくれる相談者に対する愛おしい気持ちを掻き立てる。
だけどそれは、あたくしの心に現れた幻で、本当の愛じゃないんだ。
 
そう、先生は多分、あたくしに起きた「逆転移」を自覚しろと言っているのだ。


 

その人の手に触れた時の、柔らかさとほのかに湿った温もりに、あたしくしはうろえたのだ。
そうして、随分と人の手に触れたことなどなかったと自覚したのだった。


あたくしの心は愛情に飢えている…そんな自分をちゃんと理解していないと、そのうちきっと大きな間違いをする。

あたくしは、もっともっと自分を知らなくてはいけない…。

合谷というツボは、手の平のツボ。
親指の付け根の少し上辺りにあり、もう片方の親指でギュッと押すと、痛みと共に心地よさが広がる。

先生の言葉は、あたくしの心のツボをキュッと押して、我を忘れかけた自分を正気付かせてくれたのだった。