心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

頭の中に音楽が戻ってきた。

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街を一人で歩いていたら、ふと頭の中にある曲が流れてきて、ものすごくリラックスしていたのだろう、それに合わせてつい口ずさんてしまった。
そうして、それを自覚したときに、この感覚があまりにも久しぶりなのに気がついて、不覚にも目に涙が浮かんでしまった。
この嬉しさは、あの、迷子が保護者に再会したときの「うえ〜〜〜ん」って感じだ。
 
それから、嬉し涙というのはどのような意味を持つ身体反応なのだろうか?とか考えた。
嬉しかったら単純に笑えばいいのにねぇ。どうして涙を流すのでしょうかね?
 
かつて自分の頭の中にはラジオ局みたいなのがあって、自分が心地よさを感じている時は、手持ちの曲からその時の気分にふさわしいBGMを自動的に流してくれた。
ワクワクしている時はドリカム、楽しい時は70年代懐かしディスコミュージック、リラックスしている時はピアノやチェロの旋律が湧き起こる。音楽の趣味に節操はない。
頭の中に勝手にメロディが流れてくることで「ああ、自分は今、心地よいのだな」と逆に認識したりした。
そうして、心に音楽が満ちてくると、目の前に映る世界はキラキラ美しいものに感じられて、あたくしはそれなりに楽しく暮らせていたのだ。
 
…だったのだけど、10年前に事件に遭ってからというもの、そのラジオ局は突然閉局。全く曲が流れなくなった。
お洗濯する時、あんなに鼻歌を歌うのが好きだったのに、頭の中がシーンとしてて、洗濯機に手をついて呆然とした。
今まで自然に出てきたものが詰まって出てこない感覚に最初は戸惑って、それからは自分の気持ちに自信が持てなくなった。
今、楽しそうにしているけど、本当に楽しいのか? 
頭で「楽しい状況だから楽しくしなきゃっ!」と考えて、楽しい振りをしているだけではないのか?
だって、頭の中に音楽が流れていないもの…。
 
どんどん不自然で、たどたどしくて、挙動不審になる自分に「何でだろう?」とうつ的な自動思考でもって、猛烈に執拗に理由探しをした。
壊れてしまったんだわ、自分。そう考えると、あちこちが以前と変わっていることに気がついた。
不思議なことに、それが「事件に遭遇したこと」と関係しているとはつい最近まで思いもせずに、自分のどこを修正すれば元どおりになるのか、ずっと、ず〜〜っと考えていた。
 
 
 
そこで、自分よりももっと賢い人に手伝ってもらおうと思ってカウンセラーにお願いしたのだ。
プロならばプロ仕様の道具をたくさん持っているだろうし、修理も早いだろう…。
ところが、そのカウンセラーはそんなあたくしを屈託なく一笑に付す。
「君はいつも、何でだろう? とか、あ、そっかぁ! とかって言ってるよね? アハハッ!」
 
クライエントを笑うか? と当時のあたくしは内心、防衛本能バリバリでもってカウンセラーの笑い声を聞いていた。
 
カウンセラーは、「あなたの気持ちは分かるけどさあ」と前置きしながら、ことあるごとに「過ぎたことの理由なんか考えてもしょうがないよ」「理由探しなんかやめなよ」と言う。
しかし、10年来の悪癖がそんなに変わる訳もなく、あたくしの話はどうしても「あの時、どうして…」という話になる。
そうすると、カウンセラーは時には露骨にウンザリした顔をして、「何だかわからないけど、そうなっちゃうことってあるんだよ?」「今のあなたは安全なんだよ? 分かってる?」と繰り返した。
 
世の中の不条理さ、理不尽さは頭では理解している。今の自分はとても安全なことも分かっている。
少なくとも、危険を感じたら、今の自分はちゃんと逃げたり助けを求めることができる。
しかし、腑に落ちていなかったのだな。
一つには「カウンセラーはあたくしの過去の黒い話を聞くべきだ」と思い込んでいたからというのもある。
 
あまりに進歩のない「ナゼナゼ、ドウシテ?」循環思考のあたくしに、ある日、カウンセラーは業を煮やして、こう言い放った。
 
「それは、認知療法の考え方だなっ! それは僕の専門じゃないから! 僕のは何故とか考えない!」
 
先生はあたくしに多少の心理学の心得があるのをご存知だ。
ちょっ! 専門じゃないって! 何言ってんのっ? 傾聴はカウンセリングの基本でしょう?(←笑)
無茶振りのようだが、しかし、カウンセラーが言わんとしていることは薄々察しているのだ。
 
その証拠に、あたくしはさっきから自分がキツく腕組みをしているのを自覚してて、それが「聞きたくない」のサインだということも知っている。
なにゆえに自分はその肝心なことを聞きたくないのだろう?
あらダメだ、またしても何故とか考えてるわ(笑)とか思ってたら、不覚にも(また…)涙が盛り上がってきた。
 
そのとき初めて意識したのだけど、あたくしのカウンセラーのご専門は「今の心地良さを味わうだけ療法」なんである。正式な療法の名前は知らない。
とにかく、自分に優しくしてあげて、心地よい時間をたくさん自分に与えて、その瞬間のリアルを味わうだけ。
 
それなのに、今の自分には楽しい時間だってあるはずなのに、ついついそのことよりも過去の反芻や反省をし、日々の不安感の変化に一喜一憂してしまう。
自分は心から楽しむことを無意識に避けている。自分で自分を苦しめ続けようとしている。
 
「過去のどうして〜?って話より、今のあなたが楽しく感じている時の、その気持ちが聞きたいんだけど?」
 
それは陽性転移で頭が多少おかしくなっているあたくしにとっては愛の言葉にも聞こえなくもないのだけれど(笑)、れっきとした「ご指導」である。
「楽しい時間を過ごしている時の、生き生きとしているあなたが、本当のあなたなんだよ?」
難儀なことよのう…。このミッション達成できるのかなあ?
 
 
 
そんなやりとりがあった後だったから、頭の中のラジオ局の突如再開に、あたくしの胸はいっぱいになった。
ああ〜戻ってきつつあるかも、大丈夫かもしれない、と少しだけ期待感が膨らむ。
 
そうして、頭の中に流れた曲を「ああ、あの曲なんだったっけ?」と記憶を辿り、ネットを駆使して探し出してみた。
それが『ラバーズ・コンチェルト』で、曲名にちょっとビックリした。
やっぱり陽性転移であり、心を動かす原動力は愛なんである。
ちょっと馬鹿…。