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さらばカウンセリングよ!

妙齢女性の遅すぎる心の旅のグルグルなど…

引っ越しで医者を変えたのが、薬を断つきっかけに

カウンセリングの前

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そういうわけで、医者からの「一生飲んでれば普通の暮らし」との言葉を真に受けて、療養中も、そしてお仕事中も「再発予防」として抗うつ薬抗不安薬を飲み続けていたわけです。すでに最初の再発より8年近く経過しておりました。(最近ではようやく「漫然と長期投与することはNG」ということが認識されつつあるようですが)

 

しかし、世の中は無常です。ある時、このバランスが崩れるきっかけとなる出来事がありました。

引っ越しによって、通院先を近所の病院に変えたのです。

そこの医師は穏やかな雰囲気を持ち、話もゆっくり聞いてくれると、評判も悪くないようでした。

が、なんというか、お薬を出すのが大好きなお医者さんだったのです。

 

それまでは、

抗うつ薬1種類(SSRI) + 抗不安薬1種類(ベンゾ系) + 睡眠導入剤1種

だったのですが、あっという間に

抗うつ薬2種類(SSRISNRI) + 抗不安薬2種類(ベンゾ系) + 睡眠導入剤1種

と、倍に増えたのです。

 

少しでも良くなれば、それでもいいのかもしれませんが、具合の悪さは1ミリも変わりません。当時は落ち込んだかと思えば、制御できないほどの怒り襲われたりしていました。

そのまま4ヶ月ほど経過し、さすがに本能が「これは違うだろう」と思いました。

そこで、現状をお話ししてみたところ、再び処方が変わったのです。

 

抗うつ薬2種類(SSRISNRI) + 気分安定薬1種類(リーマス) + 睡眠導入剤1種

 

長引く鬱は、双極性障害Ⅱ型によるものかもしれない、との見立てです。

そうしましたら、足のムズムズやら、異常な興奮状態(過覚醒というかギンギンな状態)とそれによる不眠、嘔吐なんかが始まったのです。

生まれて初めて、神経が高ぶり、朝まで眠れないというを体験しました。そうなりますと、昼夜逆転まで一直線です。

 

実は、少し前から、体調に関する日記をつけるようにしていました。

・どこがどんな風に辛いのか、できるだけ詳細に

・出来たことと、やろうとして出来なかったこと

・1日の中での気分や体調の変動

…などですね。

 

そうして、それをある時、見ていたら「薬を変えてから、確実に悪化している」ことに気づいたのです。

仕事をせず、薬を飲みながら休養を取っているのに、一向に快方に向かわないばかりか、明らかに体調が悪化しているのです。

いてもたってもいられなくなり、日記の該当部分のプリントアウトを持参して、予約までまだ日があったので、イレギュラーで診察をしてもらいに行きました。

 

「では、薬が合わないとお考えなのですね」と平素は優しい医師が、非常に不満気だったのを記憶しております。日記のプリントアウトには目もくれません。お疲れだったのかもしれません。しかし、なんだか空恐ろしくなりました。

私なりに、現在の苦しい状況を説明したのですが、先生は「ん〜、次の予約の時に減薬を考えましょう」ということで、返されてしまいました。

その時、よっぽど切羽詰まっていたのでしょう。大げさですが「次の予約まで、生きていられるか分からない…」と思ってしまいました(笑)。

それで、なんとなく「プツッ」と医師への信頼感の糸みたいなのが切れてきまったのです。

 

次の予約の時に、わたしは病院に行きませんでした。

自分で減薬を始め、ジョギングを始めたところ…半年後には寛解をむかえ、しばらくはお仕事ができるようになったのです。

 

当時、薬を変えたことによって、なぜあんなに苦しんだのか分かりませんでした。

ただ、飲んでいると余計に具合が悪くなるので、全ての薬を飲むのを止めただけです。

しかし、今なら、なぜだったか分かるのです。

先生は、約8年間飲み続けていた抗不安薬をいきなり止めて、リーマスに変えました。

単なるベンゾジアゼピンの禁断症状です(笑)。

 

薬を止めて気がついたのは、今までの猛烈な興奮や抑えきれない怒りの衝動がなくなったことです。病気で精神が不安定になっているのだと思っていたら、薬によって精神が不安定になっていたのです。

ちなみに、最後まで断薬しにくかったのは、意外なことに睡眠導入剤でした。

抗うつ薬の副作用に「不眠」があるのを知ったのは、ずっとあとのことです。

 

恐るべし、向精神薬

 

振り返れば、あの医師は、まぎれもない「人当たりのよいだけのヤブ」だったのですが、こうした医師との出会いが、薬を断つきっかけとなったのですから、感謝せねばなりません。

パニック発作、4年前までは薬メインで治療

カウンセリングの前

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自身の場合、パニック発作で病院を訪れても、診断名としてはイロイロと変わりました。

適応障害」→「抑うつ状態」→と移り、現在は「全般性不安障害」です。

診断書を提出する必要がある場合には、それに書いてあるので病名が分かるのですが、実際は病名をハッキリ言う医師もいれば、何も言わずに投薬する先生もいます。そういう場合は、自分は「パニック障害」だと思って受診しているので、どういう診断名なのか気になりますが、あえて言わないのも治療の一環なのかな? と、結局、聞かず仕舞いになることが多かったです。

 

ま、どんな診断名でも軽減させたい症状は同じなので、どこの病院でも

 SSRI抗うつ薬 + 抗不安薬 の併せ技の処方が中心でした。

(後に + 睡眠導入剤 となる)

 

引っ越しを繰り返したりなどで、これまでの10年余で病院は7件変わってます。大きな病院だと、担当医師が急遽変更になることもあるので、医師だと9名以上になります。

不思議なのは、転院、または再燃で病院に行く際には「今まで飲んでいた薬」を伝えるのですが、同じ薬が処方されたことはありません。治ってないから換えてみるか? ということなんでしょうか…。その頃の私は「日々の苦しみから解放されたい」一心で薬を飲んでいましたから、現在のように冷静に処方を眺める余裕はありませんでした。

なので、今、当時からの記録を見ていると、「いろんなの飲んでたな〜」という感想です。

 

例えば、飲んだことのある薬剤をざっと挙げると…

抗うつ薬SSRI系:パキシルルボックスデプロメール

      SNRI系:トレドミン

      それ以外:レスリントリプタノール

抗不安薬ソラナックスレキソタン、リーゼ(全てベンゾジアゼピン系)

睡眠導入剤マイスリーレンドルミンハルシオン

 

今、思えば、抗うつ薬で効いたなぁ、というのはありません。「いつ頃から効いてくるのかなぁ?」と思いつつ、ひたすら抗不安剤を飲んで耐え忍びます。抗不安剤は頓服としても使っていました。しかし、実は、抗不安剤も効く、という感じではなく、飲んで「弛緩して寝る」という風でした。苦しみからの逃避以外での何ものでもありません。

かように暮らしているうちに、いつしか頓服だった睡眠導入剤が定番になりました。

そのようにしていると、「この薬はいつまで飲み続けるんだろう?」と疑問が生じてきました。薬を飲めば苦痛からは逃れられるけど、根本的な改善には向かってないような… 私はその疑問を医師にぶつけてみました。

 

「いや、この薬を飲んでいれば普通に暮らしていけるのだから、一生飲み続けるんですよ」

…みたいなことを言われましたね。当時は。

 

そういう訳で6年は薬漬けに…。

少しでも調子が良くなったら薬って減りそうな感じですけれど、「再発防止」ということで「今まで通り飲め」というのが医師の見立てでありました。

 

きっかけがなければ、惰性で今も同じように薬を飲んでいたかもしれません。

私にとってメンタル系のお薬を飲むことは、常にどこかしら後ろめたい気持ちで飲んでいながら、しかし辞めるのは不安、といった葛藤を伴いました。

何かしらの出来事がなければ、脱却するのは難しかったろうな、と思うのです。

 

 

4回もパニック発作の再発をし、やっと気づいたこと。

カウンセリングの前

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こんにちは、葉月です。

 

パニック症状と言っても、人それぞれだと思いますが、私の場合は、心臓がバクバクする、痛みがある、それが強くなることにより、手足が冷たくなり、身体が動かなくなる、です。幸いなことに、倒れて救急で運ばれたことはありません。医師の前でパニック症状が出てしまったことはありますが(笑)。

特定の条件下、例えば電車や人混みが怖い、といったこともありませんが、ひとたび発症すると、家にいても心臓がバクバクして一日中ソワソワしてしまいます。結果、外出は難しくなります。

最初にパニック症状が起こる発端となったストーカーの事件の経緯を踏襲した際に、再発が起こります。まず、過労や心的ストレスがベースにあり、そこに特定の条件(恫喝)の出来事が起こると、その後、ジワジワと具合が悪くなり、再発に至るのです。

 

もっとも、直近である4回目の再発に至るまで、自分はこの再発に至るまでのパターンをあまり自覚していませんでした。だから、深く考えることなく、自分のストレス耐性のなさを後ろめたく思いつつ、「なぜ、人生行く先々に嫌な人がいるんだろう?」と、運の悪さを呪ってました(笑)。

そういうわけで、ストーカー事件に逢い、パニック症状に悩まされるようになってから、生きて行くのが辛くてたまりませんでした。頑張って病を寛解させ、社会に出たとたんにストレスに苛まれ、なぜか必ず恫喝する人が登場して、結局、再発してしまう…学習性無力感というやつでしょうか。とにかく完全にスパイラルに鬱状態です。

 

しかし、元々の自分は違ったのです。職場の嫌な同僚とか、忙しさとか、恫喝する上司、頭がどうかしているお客さんなどは、あまり気にするタチではありませんでした。そういうものには、ちゃんとバリアーがかかっていて、自分にはあまり影響が及ばなかったのです。

変な話ですが、自分が怒鳴られていても、「普通に注意すれば通じるのに、なんで興奮しているんだろう?」と妙に冷静な気持ちで、見た目だけペコペコしていたのです(笑)。

今は、そのバリアーみたいなものが無くなり、負のエネルギーは全て直撃です。不思議なことに(いや、当たり前のことかもしれないのですが)、自分でない他の人が恫喝されている場面に遭遇しただけで、直撃です。恫喝されている本人以上に食らってしまうのです。

 

そもそも、ストーカー事件とパニック発症を経験する前は、仕事は常に自分に楽しみをもたらしてくれました。当然、収入を得るために働くのですが、同僚やお客さんとの出会い、仕事上で得る新しい情報、人から感謝されたり、また逆に感謝すること…これらのことの方が、嫌な出来事よりもずっと大きかったのです。

 

4回目にパニックの再発をし、職場を去らなくてはいけなかった時、

やっと、何かが変だ、と気づきました。

この時、ようやく、私を取り巻く世界が変わったのではなく、自分の方が変わってしまったのだ、と思い至ったのでした。

パニック症状が発症する以前、どのように悩みを解決していたか?

パニック以前

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パニック症状に悩まされるようになる前は、どこにでもいるような平凡かつ健康な女性でした。

バリバリ働けていた時代の私は、主に紙媒体の製作や編集などのお仕事をしてました。全てがアナログからデジタルに移り変わる時代で、何かと面白い時代でした。

今よりは景気がそこそこ良かったこともあり、仕事は激務でした。残業80時間というのが大体年の半分、秋口から春先まで続きました。

それで、周囲の人の中にはメンタル的に参ってしまう人もいたんでしょうけれど、今よりもずっと鬱病などに対する認識がない時代でした。認識もないから、偏見もありません。

今なら、「あ〜あの人大丈夫かな?」というような人、例えば、毎日遅刻してくる人とか、毎日偏頭痛がすると言ってバファリンとか飲みまくっている人とか、なんかも、疑問を持たれることなく、「そういう人」ということになってました。

自分自身にしても、仕事のしすぎで不眠気味になった時、それがストレスのせいではないだろうか?とか原因を深堀りすることがありませんでした。単純に「寝れないのは困るな」と、極クールに心療内科からの導眠剤をもらって飲んだこともあります。病院に行くのは面倒くさいけれども、医者で1週間分くらい薬をもらえば、調子を持ち直すことができ、その一回限りで、その後、通うこともありませんでした。

当時のストレスといえば、大体は人間関係といった仕事上のグチだったのですが、これらは、気の合う職場の仲間や友人と、飲んだり、カラオケしたり、アウトドアを楽しむことで、十分解消される程度のものでした。

 

あまり公にしたくない悩み、例えば、恋愛とか転職がらみの悩みに関しては、大体、次の3つの方法で解消していました。

1)親友と思っている人に相談する。

2)占い師(銀座の有名な占い師)。

3)風水(かなり真剣に2年くらいやった。水晶付けて、旅行に行くやつ←解消というより、逃避かもしれない)。

…どれも女性は嫌いではないことだと思うのですが、今はこの中の一つもやってないです。

 

あ、少し語弊がありますね。1)については、今も相談しないでもないけれども「相談のしかた」を変えました。

2)は、もう、発想として「困ったら占い師に」というのがありません(笑)。遊びの範疇では今後もお世話になるかもしれません。ただし、占いがいい加減だったから、とかではなく、お世話になっていた方は、本当に当たる方でした。こちらが真剣な場合に限り…ですが。

3)は、ストーカー事件に巻き込まれてから、なんとなく辞めちゃいました。考え方としては、「風水していたからこの程度で済んだ」と考えるべきなんでしょうかね? しかし、到底そのようには思えませんでした。何だか、ひどくお門違いなことをしているような気がして、真剣にやる気が失せたのです。(ただし、この時から神社巡りが趣味になり、こちらは続いています。自分の願いを聞いてもらおうとか、開運目的とかではなく、単純に建物を見たり、気持ちのいい場所行くのが楽しみです。友人知人の健康祈願とか、感謝などはしてます。)

 

今、こうして振り返ると、自分がいかに「問題解決能力が低いヤツ」であるかがバレてしまいますね(笑)。悩み事は、人に聞きまくるか、超自然的なパワーに頼り切っていたのでした…。

 

そういえば、男性の場合、何にすがるんでしょうかね? 自己啓発本、とか?

何かのご縁で繋がるあなた様へ

ご挨拶

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はじめまして、葉月と申します。

突然ではありますが、先日、ほぼ毎週、半年間通っていたカウンセリングを辞めちゃいました。

自分には過去にストーカー被害の体験があり、それをきっかけに慢性的なパニック発作に悩まされるようになりました。その度に長期休養が必要となり、体調を整えて再び社会の荒波に戻っていくのですが、ストーカー被害を想起されるような出来事(恫喝など)に遭遇すると、再びパニック発作に陥るのです。

これまでの10年はあっという間でした。

4回目の再発でようやく、単にストレスに脆弱でパニック発作を繰り返しているだけでなく、私の状態にはPTSD的な要素を含んでいるのでは?と思い至りました。

そこで、PTSDにも対応可能な臨床心理士の先生に診ていただこうと考え、とある大学の心理臨床施設に通うことにしたのです。

通う前の自分は、とてもカウンセリングに期待していました。自分の心の内を話せば話しただけ、自分は苦痛から解放されると思っていたのです。ほぼ毎週1回50分のセッションで私は話し続けました。一度だけ、過去のことを話している時に泣いてしまったこともあります。

しかし、カウンセリングが10回以上経過した時に、「私の辛さ悲しさ不安は少しも軽減されていない。」と気付いたのです。依然として、恫喝する人が私の人生に現れたら、パニック発作を再発して、ゲームオーバーだろう、と思い込んでいるのです。

ん〜これ以上、何をすればいいのか? 私は悩みました。

これをきっかけに、自分自身がカウンセリングに関する書物を手に取るようになり、まずは傾聴あたりから勉強を始めたわけです。

そうして、カウンセリングとは何か?を知るほどに、わたしはカウンセリングに対して、様々な勘違いや思い込みをしていることに気がつきました。

それと同時に、現在のカウンセラーは、ちゃんと丁寧にカウンセリングの王道を進んでいるのかしら?とも思ったわけです。。

…その結果、あの時間は一体、何なのでしょう? となったのです。

ですので、カウンセラーの先生には「ここまで来てもったいない」とかも言われたのですが、カウンセリングは終了、といたしました。

 

これは、個人的には失敗体験です。

でも、もしかしたら、カウンセリング未体験だけど興味ある人とか、カウンセリング行脚に疲れている人にとっては参考になるんじゃないかな? と思いました。それなら、自分の体験も浮かばれるところがあります。

何かのご縁で繋がるあなたが、悩み事の良い聞き手に恵まれること、悩みから少しでも解放されること、本来の輝きを取り戻すことを願っております。