心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

先生、何故に世間話するのですか?(笑)

f:id:spica-suzuhazu:20180115220911j:plain

現在のカウンセラーの先生との面接は、最初はほとんど自分が喋りっぱなしだったのだけれど、最近ではあたくしがカウンセリングの先生から話を聞く時間が増えた。不思議な話だけど。
随分前から、先生の語り…自己開示の多さにはビックリしていたのだけれど、最近は、本当に様々な話をする。
自己開示というと、何だか大仰だけど、その多くは、まあ何というか、世間話ですね(笑)。
 
それは大概、あたくしの話から派生した、何気ない脱線のようにして始まる。
そういうのが楽しい時もあれば、いやむしろこっちは喋りたいことではち切れそうで、話の流れがドンドン明後日の方向に行ってしまい、不覚にもイラッとしてしまったことがある。
で、ある時、「先生の話は置いておいてですね」と話を遮って、自分の不平不満の話に強引に戻して喋りまくったことがある。
 
この時間はあたくしはお金を払って設けた時間なのだから、当然、あたくしが喋くる時間なのよ、と思っていたとフシがある。
でも、今思えば、それはちょっと違うような気がする。
どんな形であれ、自己洞察を深める会話がなされれば、結果、それは良いカウンセリングの時間なのだ。
自分だって、先生には愚痴聞き以外のものをお求めしているのだ。
 
帰ってから、あの先生の超個人的な語りが、どこかひっかかる。とても気になる。
「あの話は何のためにしたのだろう?」まさか、先生が根っからのお喋り好きでカウンセリングの場であることを忘れて自分のことを喋りまくるハズはないのだ、
何か意図があるのだ、計算されている話なのだ、さあて何だろう…?と考えた。
もちろん、まさか先生があたくしの先生への興味を満たすために話しているとは思えない(笑)。
 
 
 
その次の週の面接で、あたくしはその際のことを正直に先生にお伝えした。
「あの、わたし、先週、先生の話を途中で遮っちゃったでしょう? あれが、後でナゼだか分からないけれど、気になって」
「あ、そう? それは良い傾向だね」と先生は非常に満足そうなお顔で、ニコリとする。
ほら、やっぱり、作戦なんだ。
それでもあたくしには、何が“良い傾向”なのかはちっとも分からない。
そうして、その日の面接は、前回あたくしが遮った先生のお話の続きから始まったのだ。
 
でもちょっと奇妙でしょ? そもそも先生の方はあたくしの話をよく遮ってくれる!(笑)
貴重な50分間を有益な時間にするための交通整理だ。
「そんな話、しなくていいよ」とか「そんなの考えてもしょうがないでしょう?」とか「それはさぁ、終わった話だよ?」とか「そっから先は考えなくていいよ」とか「まだ、心の準備ができてないなら言わなくていいよ」とかね。
これらの言葉だけを取り上げたら、もし互いの信頼関係がなかったら、ちょっと冷たい言葉に感じることもございましょう?
でも、それらにも恐らく、ちゃんと意味があるのだ。
 
そうして、最近やっと…というか、ある日突然にフト気が付いた。
先生が何気なく繰り出す世間話は、もちろん嘘偽りのない先生のこれまでの経験や最近感じた率直な気持ちを話しているに違いない。
でもそれは、現在のあたくしが意識から追いやっている、遠い昔の記憶や、抑圧している気持ち、消え入りそうな希望にことごとくリンクしているのだ。
先生は、先生の個人的なお話という形を取った、あたくしの話をしているのだ!
そりゃ、後から気になりだすハズだよね。参りました。
 
 
 
それで、もうすでに、カウンセラーの先生とそのことを話したくてしょうがないのに、今回は、先生のスケジュールの関係で、一週間ほど余計に次のカウンセリングとの間隔が空いてしまったのだ。
日程を決める時には、少しくらい余分に間隔が空いても、最近は調子が良いので全く大丈夫だと思っていたのだ。
でも、それは気のせいで、正直全然ダメな感じ(笑)。
ずっと約2週間おきに面接を重ねてきて、すでに自分の中にリズムが定着しているのだ。
 
話したところで、先生は「そんなこと僕は少しも意図してない。あなたはいつも考えすぎなんだから!」と、笑うかもしれない。
先生には何を言っても一笑に付されてしまう。
あたくしが真剣に怒りながら喋っていても「真剣に怒っている感じが、生き生きとしてていい!」とか笑う。
こんなに笑うカウンセラーは想定外だったので、最初は正直、そのことにビックリしていた。
そうして、意図しない自分の言動で人に笑われることに慣れていなかったので、バカにされてるようで、いちいち防衛本能を発動していた。
 
先生が不意に笑い出しても、最近はやっとこさ驚きも防衛本能も出なくなった。
どうやらバカにはされていないようだ、とやっとあたくしは心の底から理解できたらしい。
 
目の前の人が微笑んでいて、自分も微笑み返していて、そこに温かい何かが広がるような感じ。
もちろん初めてではないのだけれど、随分と久しぶりに感じる、それはそれは懐かしい感覚だ。
 
もしかしたら、先生の他愛もない世間話は、その瞬間を生み出すためだけにしているのかもしれない。

改めてEMDRはしないと決める。

f:id:spica-suzuhazu:20180107024643j:plain

かつて、あたくしの背中には大きなホクロがあって、身体測定の時などに、友達に「これなあに?」と見咎められるのが苦痛だった。
10代の後半になって、背中の開いた水着を着る際には絆創膏を貼ってそれを隠した。
20代になって、男の子と親密になることを考えた時、そのホクロを思い出すと憂鬱だった。
30代になるちょっと前、結婚まで考えていた、当時付き合っていた男性が何気に言った。
「おまえ、親に愛されてないんだなぁ。ちゃんとした親だったらさぁ、こんなの子供のうちに取ってるよ」
“こんなの”というのは背中のホクロのことである。
その時、あたくしは泣きながら抗議した。
「わたしは、親のおかげで、今まで飢えたこともないし、学校にも行くことができた。
 わたしは親に感謝している。あなたなんかに、わたしの親のことを言われたくない!」
 
でも「親に愛されていない」という言葉は正直こたえた。
自分も薄々そう思っているから、烈火のごとく怒ったのだ。図星なのだ。
 
その後、しばらく考えあぐねた挙句にあたくしは皮膚科に行き、医師の前でシャツをめくって背中のホクロを披露した。
医師は、資料にすると言って、一眼レフであたくしの背中を撮影し、「来週、取りましょう」と言った。
何だかんだ言われるものだと思っていたのに、あっけなくあたくしの背中のホクロは除去されることになった。
 
隣で別の患者の診察が行われているような、カーテンをサッと引いただけの場所に、不似合いな手術用のライトが据え付けられて、自分の背中に麻酔がかけられた。
切り取る際の痛みは全くなく、ボールペンでなぞっているような感覚だった。
医師は「う〜ん、切りにくいな…」とこぼしていた。
 
手術後、小さなガラス瓶の保存液の中に、自分のホクロが背中のお肉の一部と共に浮かんでいるのを見せてもらった。
カヌーに乗った黒豆みたいだった。
「ずっと、厄介者として扱われて、こうして捨てられちゃうなんて、ごめんねホクロ」と、すまない気持ちだった。
もっと、自分が強かったら、こんなことをしなくても済んだのかもしれない、と少し後悔の気持ちがあったのだと思う。
あたくしは、医師にその切り取ったホクロの瓶を「いただけませんか?」と言ったのだ。
 
医師は「これは生検したりなんだりで使うから、あげられない」と言った。
もう、自分から切り離されたそれは、自分のものではないのだなぁ、と思った。
その病院は移転してしまったのだけど、あれは、写真やカルテなんかと一緒にファイリングされて、今もどこかにあるのだろうか。
いやいや、もう処分されているに違いない。
健康保険が効いて手術費は約3000円、背中の傷跡は今まで忘れていたくらい。
 
 
 
年明け第1回目のカウンセリング。
途中まで、ずっと年末からお正月の話をしていたのだけど、何かの折に、カウンセラーの先生が、
「…だからEMDRはやらない方がいいと思う」と切り出した。
 
そうそう、昨年の10月に自分から「もうEMDRはやらなくていいです」って言ったくせに、その後、よく考えたら不安になり、「あの〜、希望したら、もう一度EMDRを検討していただけますか?」と聞いたのだった。
せっかくEMDRができる先生を探したんだし、一度、EMDRというものを体験してみたい、といった好奇心もなきにしもあらずで。
 
その時の答えは「あなたがやりたいのならかまわないけど、今のあなたは不安定だから、もう少し待ったほうがいい」とのことだった。
 
不安定というのはどういうことなんだろう? いつもカウンセリングで泣いてしまうからだろうか? それなら、なるべく泣かないようにしなきゃあね…くらいは考えていた。
 
でも、どうやらそうではなかったらしい。先生としての考えはずっと前に決まっていたのだろう。
 
EMDRやったら、あなたの大切なところも無くなっちゃう…」と先生はおっしゃった。
 
ああ、この書き方はきっと誤解を生むかな? EMDRに対して危険な印象を持たれる方があるかもしれない。
EMDRは万能ではないと思うけれど、きちんとした訓練と経験を積んだ施術者が行うのなら安全な治療法だとあたくし個人は思っている。
ここでの話は、あたくしの人格が変わるとかいう話ではないことだけはお断りしておこう。
そうして、これはあたくしの話なのだから、決して自身の治療の参考にはせず、EMDRをご検討の方は、主治医やあなたの臨床心理師さんとよく相談して欲しい。
 
先生は、あたくし自身がずっと厄介払いしてやろうと邪険にしてきた、あたくしの中の「繊細さ」を愛してくれてるのだ。
あたくしにとって不要なものを取ろうとした時に、あたくしのいい部分まで損なわれそうで、先生はそれを心配しているのだ。
…とあたくしは理解した。
 
じゃあ、ダメだな、とあたくしは諦めた。EMDRはナシ、永遠にナシ。
 
 
 
いろいろなことを想うと胸がシンシンと痛くて、「胸が痛いです」と言ってみた。
だけど、そういう時の先生は「ふうん、そう?」って感じなんだよね。
 
「胸にカタマリがあって、これがスポッと取れると思ってたんですよ」
EMDRをやってトラウマを取り除いたなら、そんな風に胸の痛みが消えると思っていたのだ。
 
「そのカタマリね、そんな風には取れないよ?」と先生は言った。
そういう時の先生は、滅茶“クール”だ。
 
でもそれは、最近では自分でも薄々理解しつつあったから、そんなに驚きはしなかった。
 
「先生、わたし、最初は、胸が痛くて家から出られなかったんですよ。
 でも今は、胸が痛くても、出歩けるんですよね。
 これ、大きな違いですよね?
 胸の痛みは、もうわたしの行動を制限しないのだから…」
 
今のあたくしから、何も切り取らなくても大丈夫ということだ。
何も変えなくても大丈夫だということだ。
 
安心しろ、安心しろ、とあたくしは自分に言い聞かせる。
だけどもさぁ、やっぱり不安で、バクバクしちゃうワケ。

自分の大切な気持ちを尊重する。

f:id:spica-suzuhazu:20180105213333j:plain

正月の帰省から、我が家に帰ってきた。
いつものように慌ただしく、そうして、いつもよりも少し疲れたらしい。
 
しかし、表向きはよい正月にまとめることが出来たように思う。
術後の経過が思わしくなく母の足の調子がイマイチなので、旅館での年越しは止めて、今年は実家で過ごした。
お取り寄せお節に、鍋や刺身の盛り。集まったみんなでビデオ鑑賞した。
母にはスマホをプレゼントした。
 
父や母は、もうdocomoauに行って、自分でスマホを契約することができない。
お金を持っていても、もう、店員が喋っている内容を理解することができないのだ。
でも、スマホは欲しい。
入院したら、他の人がみんなスマホを持っていたから、欲しくなったというのだ。
 
それはいい。それはいいのだが…。
母にスマホの文字の打ち方と電話の取り方を教えるだけで、お正月は終わってしまったよ!(笑)
「これはねぇ、いつもやっているゲームの“脳トレ”よりも、ずっと本格的に“脳トレ”だからね。真面目にね?」
健康維持、ボケ防止とさえ言えば、高齢者のモチベーションは上げられる。
 
 
 
そうして、あたくしはいささか鬼軍曹すぎる。
どんなに押さえ込もうとしても、ついウッカリ、ゆらりと怒気が出る。
「もう少し優しく教えられないのか?」と自分に問う自分に、
「優しく教えられたことなどないから分からん!」と言い訳する自分がいる。
 
他人にだったら冷静に優しく何度だって言えることが、どうして身近な人に対すると、こうなってしまうのか。
自分で言うのもナンだけど、お仕事してた時は、結構優しい先輩してたのに。
 
この正月は不思議なことに、母に辛く当たる度に、自分が子供の頃に叱られた時の、気持ちだけを思い出していた。
どういう状況なのか、ディテールは思い出せないのだけど、例えばお漏らししてしまった時とか、晴れ着を汚した時の、あの穴があったら入りたいような、逃げ場のない辛い気持ちを思い出していた。
怒りを感じているのは自分の方なのに、怒られている時の気持ちを味わうのも自分なのだ。
これ、カウンセリングの効果なのかなぁ?
 
未だにあたくしの好物を知らない母、自分らで準備するから正月の買い物はしないでおいてくれと、あれだけ頼んだのに聞き入れず、いろいろと買い込んでいた父。
「何を買ったか正直に全部言って!」(田舎の家だから、隠し場所がたくさんある)
「ナマモノはもう、持ち帰らないからね!」(例年、食べきれなかった食材を帰り際に持ち帰らせようとする)
「私は、純米酒しか飲まないんだ! 醸造アルコールが入った酒は頭が痛くなるんだ!」(いくら言っても、スーパーで買った安酒が出てくる)
 
些細なことでワアワア言い出すあたくしを、両親は扱いかねている。
不幸中の幸いは、エキセントリックなのはあたくしだけで、弟夫婦もあたくしの夫も白鳥の如く優雅に振舞い、楽しい正月としてその場を盛り上げてくれた。
 
 
 
しかし、わたしの怒りはそれだけでは終わらない。
皆が寝静まってから、カウンセリングの教科書を開いて試験対策をしていたら、母が「あなたはお勉強が好きなのねぇ」と言う。
この言葉が地雷なのだ。
 
「お母さんさぁ、わたしのこと“頭が悪い”って言ったの覚えてる?」
「何で、そんなこと言ったんだろうねぇ?」
「高校に入って最初の成績が45人中40番だったんだよ。それでね、“それじゃあ、バカだね”って言ったんだよ?」
「全く覚えていない。本当にそんなこと言ったのかい?」
 
「うん、その時、“わたしは絶対に忘れないから、今のうちに謝っておいて”って言ったんだよ?
 だけど、お母さんは“わたしは間違ったことは言ってない。クラスで40番は頭が悪いってことだよ”って、また言ったの」
 
ずっと以前からそうなんだけど、母は都合の悪いことは聞こえなくなってしまうし、本当に忘れてしまう。
この話だって、告白するのは初めてではないのだけど、何度話しても初めて聞いた話のように心からビックリする。
 
「間違えて傷つけてしまうことは、誰にでもあるじゃない?
 誰しも不完全なんだからさ。
 大切なのはさぁ、間違えたと思ったら、素直に謝ることだと思うの。そう思わない?」
 
したり顔で何十年も前の話をネタに、母に説教するイヤラシイ自分。
自分ではあまり自覚がないけれど、これは復讐のつもりなのか?
毒親」という大嫌いな言葉があるけれど、あたくしは「毒娘」じゃなかろうか?
 
自分の好きなこと、嫌いなこと、過去の悲しい出来事…何度言っても、理解してもらえないわけだし、記憶にさえ残らないのだから、もう諦めちゃえよ自分、という声がする。
分かってもらおうと思うの辞めちゃえよ、大人になれよ、という声がする。
 
でも、怒りの奥底には悲しみがあることに、今のあたくしは気が付いている。
それは「あなたにとっては大切な気持ちだから」と、カウンセラーの先生は言うだろう。
その悲しみを味わいなさい、と言うだろう。
 
この情けない気持ち、いい年こいての涙に何の意味があるのかは分からないのだけど、素直に味わおうと思った。
もうすぐ、いろいろなことがタイムアップを迎えようとしていることに、気が付いているのだ。
残された時間で何とか自分を分かってもらおうと、焦っているのだ。
 
どうしてこんなに理解されたいのか分からない。
「だけれども、決して否定しないように、あなたの大切な気持ちを」
正月から泣いてしまっているのだ。大切な気持ちを尊重すると、こうなってしまうのだ。

 

ハリーとトント [DVD]
 

 ※正月に持参して皆で観た映画。誰もさしたる興味を示さなかったので、どうしようかな…と迷ったものの、「わたしは皆さんとこれが観たいのです」と無理やり上映した。おじいさんが老猫と旅をする話。あえて「老い」をテーマにした名画をぶつけてみたのだけど、なかなか好評で、勇気を出してよかった。他の人がこの映画を忘れても、自分だけはこの思い出をずっと忘れないだろう。こんな風に人生の黄昏を生きてみたい。

年賀状。

f:id:spica-suzuhazu:20180101002637j:plain

何年か前の正月明け、あたくしはメンタルクリニックの先生の前で泣きじゃくったのだった。
「先生、今年は、一枚も年賀状が書けなかったんですっ!」と。
 
今でこそ、ほとんど毎回のことカウンセリングでウルウルしているが、当時は、先生の顔を見た途端に泣いてしまうなんて、自分でもかなりヤバイと思ったし、正直恥ずかしかった。
 
当時の主治医だった女医さんは、ちょっとウンザリ顔で言った。
「来年書けばいいじゃないですか」
 
…そうそう、そうね。でもそれは健康な人の感覚だ。健康だったら、自分もそう考えられるだろう。
来年まで待たずに、寒中見舞いやら、暑中見舞いやら、旅先からの手紙やらで「わたしは元気。わたしは生きてます」と発信できる。
 
しかしその年は、年賀状を買うところまでしか行けなかった。
絵柄を考え、宛名を書き、そこに自分の近況を一言添える。
そんな簡単なことすら出来なくなっていた。
 
年賀状が届いても、「みんな1年分、一歩ずつ進んでる」と、思うと、見るのさえ怖かった。
人の幸せそうな家族写真、子供の成長の報告なんかを見るのが怖かった。
「絵は描いてますか?」とか「お仕事頑張ってる?」という自分への問いかけも怖かった。
この一年、自分は何の成長もなく、年だけ取って、むしろ劣化していると思うと、いたたまれなかった。
 
酷い鬱状態だったのだと思う。
 
 
 
その年、成人式の頃、一人だけハガキをくれた人がいた。
「いつもマメにお手紙をくれるあなたが、年賀状を寄越さないなんてどうしました?」
 
その子は、本当に素朴な疑問から、何気に連絡をくれただけらしいのだけど、あたくしは心から彼女の存在に感謝した。
それから、何かの折に一度だけ彼女に会う機会があったけど、その時の彼女は男の子の母になっていてテンテコ舞いしてたので、ゆっくり話すことは叶わなかった。
恐らくもう直に会ってお話する機会には恵まれないとは思うけど、今もその子に感謝している。
 
本当に些細なことが、自分にとってはとても大切な出来事になったりする。
 
今年はお陰様で、何とか、年がめくれる前に年賀状を出すことができた。
何度も年賀状を書くことができない年があり、段々減って、もうあんまり枚数は書かないんだけれどもね。
 
その、数少ない年賀状の何枚かには、一年に一回というのもあり、随分と小さな字でコチョコチョ書かせていただいた。
自分の問題は何一つ解決してないのだけど、「旧年は良い年でした」としたためた。
会いたい人には「今年こそ会いましょう」と正直にリクエストしてみた。
 
 
 
このブログ、実は、当初考えていたタイトルは『反芻(はんすう)だけで生きてます』というもので、とにかく、日々の鬱憤を晴らしてやろうとか、昔日の恨みをブチまけてやろうとか、どっちかっていうと黒い、超マイナス思考から始めたものだった。
だけど幸せなことに、予想以上にいろんな人に読んでもらえて、スターやら温かいコメントなどをいただくことができた。
お陰様で、底なしのような孤独感から救い出されて、何やら棘が一本ずつ取れるような感じでありましたよ。
 
こうして、今年が始まった頃には思ってもみなかった人と繋がることができ、新しい年に少しだけ期待している自分がいる。
それはとてもとても不思議な気分だ。
 
そういうわけで、この年末、年賀状を書けなかった人、楽しく書けなかった人、新しい年が何やら怖いような気がする人もいるやもしれぬ。
けれど、なんの根拠もなく、きっと大丈夫、と、あたくしとしては言いたいのです。
 
 
 
あ、そうこうしているうちに年を越して…しまったぁ!
 
本年もよろしくお願い申し上げます。(深々と礼)

何度も「変わるな」と言われる。

f:id:spica-suzuhazu:20171222220448j:plain

今年最後のカウンセリングが終了。
ギリギリまで「あれ言おう」「これ言おう」と考えていたのだけど、結局は今回は出たとこ勝負で行こうと決心した。
そうして、カウンセリングに来ているクセに、「今年最後だから、楽しい話にしよう」と思った。
なるべく楽しい話。泣かないで済む話題。
そうして笑って今年最後のカウンセリングを締めましょう、と。
 
いつになく、楽しい話題で盛り上がった。
好きな映画とか、音楽とか、とりとめのない最近あった出来事とか。
いつになく和やかで、平和で、いいぞ、いいぞ、いつも泣いているのは嫌だ、本当はこんな風に笑って話をしたていたいんだ、と心から思った。
 
そうして、本当に軽い感じで、先日参加した講座で傾聴のロールプレイングをしている時に「悲しい話を聞いている時に笑ってしまう」自分の癖の話に気付いた話をした。
「ちゃんと辛い人の気持ちを聞ける人になりたいと思っていたのに、ショックでしたねぇ」
分かってても直せない癖って、どうしたらいいでしょうかね? 困っちゃいました、えへへ、って感じで。
 
カウンセラーの先生は「そんなのは練習すれば、そのうち出来るようになる。誰でもそうだよ?」ってなことを言ってくれるものと予想していた。
だって、その講座の講師やインストラクターは、みんなそう言ってくれたもんね。
「私たちも最初は出来なかったのよ。なかなか直せなかったのよ。でも大丈夫、何度も練習すれば、いつかきっと直るから」
 
でも、あたくしの先生はやはり、あたくしが勝手にの心の師(マスター)と呼ぶくらいの人だから、切れ味が違う。
 
すぐに「うわ、やだなぁ〜。そういうの嫌い!」と顔をしかめた。
先生はカウンセラーの表情トレーニングなんて無駄!と言いたいのですよ。
そういう時の先生は確信犯的に強く否定する。
「変えなくていいよ、そんなの」と言い放った。
 
 
 
でも、その時は「はあ?」である。
実際に、「はあ?」と言った(笑)。
「だからさ、そんなの変えようと考えなくてもいいんだよ」
何やらこのカウンセリングタイムは禅問答の様相を呈して来ているような気がする。
 
「何で悲しい話を聞いている時に笑っちゃうか、分かればそれでいいんだよ」
いや、分かるだけじゃダメでしょ、できなきゃダメでしょ? とあたくしの意識は激しく抵抗する。
「何でかって、理由は分かってますよっ! 自分が悲しい話をしている時にだって、わたしは笑ってしまっているからです」
「何故?」
「誰も自分の悲しい話なんか聞きたがらないからです」
 
あたくしは子供の頃、泣いていると親に「そうやって泣いていればいいんだよ」とよく放置された。
下の子に手がかかるのに、お姉ちゃんであるあたくしがささいなことでシクシク泣くので、母親はウンザリしていたのだろう。
でも、子供にとって「泣」は強力な武器であってもらいたい。
ある程度の年齢になれば泣くことに「恥」の感覚も出てくるし、泣くことに何のアピール力もなし、となれば、他に話を聞いて貰う方法を考えても無理はないだろう。
 
あたくしは、悲しい話も面白い話や珍しい話にアレンジすれば聞いてもらえると、どこかで覚えてしまったんだな。
そうして「人にとっては凄い話かもしれないけど、あたくしにとっては何でもないことだけど?」という風に装って、とりあえず誰かと共有したかったのだ。
これは方法としては間違っているのだろうけど、一生懸命、自分なりに適応を試みた結果だ。
そうそう、間違いに気づいたら変えなきゃいけないのでは?
 
前々々回のブログのオチとしては「正直でいるように心掛ける」だったような気が…
 
 
 
「そんなのは直そうとしなくてもいいの」
そうだ、先生は頭で考えて意図的に行動を変えようとする、そういう認知行動療法的な考えは「大嫌い」なのだ。
心を自然にしたら、行動だって自然になるだろうという考えなんだ。
 
「ここで、あなたの悲しい話をぼくが全部聞くから」
そうして、手で「お話、おいで、おいで」のジェスチャーをした。
ああ、そうなんだ、カウンセリングって、そういう場なんだ。
いきなり世界を舞台に本番やらなくてもいいように、練習する場所なんだよね。
 
「そうですか先生、実は…」
それならば…と、あたくしはその日の朝の出来事を話し出した。
 
「起きた時に今まで考えたこともなかったのに、
 何だかふと、“夫は私の病名知っているのかな?”と思ってしまって。
 いや、夫は私の病名を知らないことは既に知っているんです。
 聞かれたことも、自分から言ったこともないですから。
 
 それでもね、朝、コーヒーを煎れる時に、夫に何気なく聞いてみたの。
 “あなた、突然つかぬことを聞くけど、私の病気の名前知ってる?”って。
 そうしたら、“そう言えば、知らないな…、で、何?”って言うんです。
 
 だから、“私の病気は、全般性不安障害だよ”って伝えて、
 夫は、“全般性不安障害…”って、初めて聞くその言葉を復唱してました。
 “社会不安障害っていうのもあるけど、全般性不安障害の方だよ”って、
 そうしてご丁寧に“随分難しい名前だけどさ、病気自体はシンプルだから”って言い添えちゃったの。
 嫌味ったらしいでしょ?
 
 だって…
(カウンセリング的には、ここから本音が炸裂する部分だ)
 突然お仕事辞めてから、2年経つんですよ?
 それからカウンセリングに行きだして、程なく失敗して、
 こりゃあダメだ、自分でカウンセリング勉強しに行く!って騒ぎ出して、
 やっぱり自分で自分のカウンセリングは無理だぁ!って、また新しいカウンセラーに通い出して、
 それを全部、側で見ていて、わたしがこれだけ苦しんでいるのを知っていて、
 家族の病気が何なのか興味がないってどういうこと?
 
 アルバイトから帰ってくると、夕飯の支度してくれてたりするんです。
 でも、そこじゃない! そこじゃないんだよ、私が欲しい優しさは!って。
 多分、誰にも共感されないんですけど…」
 
傾聴講座では、こういう時には心を込めて「それはお辛いですねぇ」と言いなさい、と指導されると思う(笑)。
しかし、先生は、こういう時は大抵黙って聞いている。
それで寂しいかというとそうではなく、今日は涙も出ず、腹の中の黒い物を出し切った後のシミジミとした安堵感がやってきた。
 
「そのうち、悲しい話で笑っちゃう癖も、自然に無くなるのでしょうか?」
「うん、あなたは変わらなくていい。
 そのままのあなたが、どうやったらもっと幸せになれるか一緒に考えよう」
 
瞬殺の愛の言葉だと思うけれど、皆様はどう思われる?(笑)
 
もちろん先生はあたくしの恋人なんかではない。
我が心の師は本当に素晴らしい人なんである。
 
Merry Christmas. ちと早いけど、皆様に愛を込めて。

家出を妄想する。

f:id:spica-suzuhazu:20171221055525j:plain

あたくしは片付けられない女なので、家はグチャグチャである。
かつては流行りの断捨離というものをして、段ボール箱いっぱいの不用品や衣類を途上国にセッセと送ったりしていたけど、お部屋はすぐに元に戻ってしまう。
 
頭の中が散らかっているから、リアルなあたくしの空間も散らかるのだ。
それを悟ってから、無理して片付けようと思わなくなった(笑)。
頭の中を片付ける方が、あたくしにとって優先順位が高い。
 
本当に大切なものだけ、すぐ取り出せるようにファイリングしたり、決まった場所に置くようにしている。
幸いにお洒落ではないので年齢と共に洋服は少なくなった。
好奇心だけは止まらないので、本やら紙切れは多くて、あたくしの部屋の机周りは本と紙束の塊が乱立している(「蟻塚」と呼んでいる)。
 
 
 
10年くらい前、離婚に至る直前、人からは全く共感されない理由で離婚を切り出すのにはどうしようかと悶々と考えたことがある。
で、家出を考えた。
夫婦共通の預貯金から大金を引き出す。そうだな、200万円くらいいっちゃおうか?
それを持って失踪しよう。当時は、その失踪先をフランスのパリ、と想定していた。
お洒落だからではなく、かつて旅行したことがあり、唯一、そこで暮らすことを想像できる外国だった。
それに、都会だからお金さえあれば、言葉が不自由でもそんなに困らない。
毎日毎日、オルセーやルーブルの絵画を舐めるように見てやれ、と思ってた。
 
そうして、お金を使い果たして、くたびれ果ててボロボロになって、ある日突然、家に帰ったなら、もう説明はいらないだろう。
余計なことは言わなくても、容易に離婚に至ることができるであろう。
 
それから、その失踪にはどんなものを持って行こうか割とリアルに考えた。
そうするとね、結構、持っていきたいものがあることに気づいたのである。
香水のボトルとか(当時、パニックの息苦しさからお気に入りの香りを嗅ぐことで逃れていた)、小さな動物の置物とか、フィルムを使うクラシックカメラとか、愛読書とか…。
あんまり実用的でない、結構重いガラクタばかり、どれを持って行こうか心の中で厳選して過ごした。
 
 
 
でも、それは結局、妄想で終わっちゃったんだよね。
当時、あたくしはお家でお仕事をしていたのだ。
たいした金額でないけれど、毎月納品するお仕事があった。
以前の会社の可愛い後輩が紹介してくれたお仕事なので、彼女の顔を潰す訳にはいかない。
そうして、失踪するのはかろうじて思い留まったのだ。
 
そうしたらね、浮気してしまったの。
本当に浮気。
つまらない間違い。
でも、後悔とかの気持ちは薄かった。
 
ここまで追い詰められて、こういう汚らしい、くだらないことをして、内心少しホッとした。
人から酷く軽蔑されるだろうが、これは解りやすい離婚の理由になるだろう。
ところが、たった一度の浮気を不思議とすぐに察した夫は「ごめんね、ごめんね」と泣いて謝り、「僕が悪かったやり直そう」と言った。
 
いや、そうじゃないだろう。
こんな女は張り倒して三行半だろう?
あんた、この5年間あたくしにやってきたことをよく考えて、それが改められるかよく考えたまえ?
「いや、そういう訳にはいかない、こんなことをした自分を許してはいけない。離婚しましょう」
と、あたくしは強引にまとめたのだった。
「やり直せなかったら、もっとあなたを憎むし、軽蔑する。だからすぐに離婚しましょう」
 
 
 
ところがだな、その時の夫の泣き顔は、その後、いつまで経っても脳裏から離れない訳だな。
そうして、あたくしを責め続ける。
遥かに強い立場の人が弱いものいじめをしてしまったかのような罪悪感をあたくしに植え付ける。
 
いや、自分はそんなに強くないっすよ。平凡な一人の女。
望んでいたものだって、そんなに贅沢なものじゃない。
本当に、ささやかなものだったと思うのだけど。
 
今は、自分が永遠に手に入れることができなくなったものをただ嘆いているけれど、もしかしたら、形を変えて自分に与えられるかもしれない、と僅かばかりの期待もしているのだ。
どんな形で? というのは分からない。
その時に、ちゃんと「これだったんだぁ」気付くことができればいいなぁ。
 
 
 
というのも、今、また、無償に家出がしたくなっているのである(笑)。
今度は、家の預貯金には手を出さないし、ガラクタも持って行こうとは思わない。
あれから10年経ったら、削ぎ落とされてスッキリしたものが、自分にもあるのだ。
それに今ならワザワザ地球の裏側まで行かなくてもいい。
あたくしのいない、グチャグチャのままの部屋を夫はどんな気持ちで眺めるのだろう?
 
今、家出するなら、ノートパソコンとスマホと少々のお金があれば十分だな。
地方に出張に赴く、くたびれた会社員みたいな風情で家出しよう。
一冊だけ文庫本を持っていきたい。池澤夏樹の『スティル・ライフ』だ。
あたくしにとっては、何度読んでも飽きない、「無人島に持っていきたい一冊」的本だ。
 
最近『スティル・ライフ』を読んだらしい若者が、「村上春樹みたいだ」とコメントしていたけど、全然分かってないねぇ。
正直、そういうに人は『スティル・ライフ』を読んで欲しくないし、語って欲しくない。
あの繊細な文章が味わえないような味覚音痴は、『ノルウェイの森』を何度も読んでいればいいのだ((笑)あたくし自身も『ノルウェイの森』は嫌いではなく、むしろ好きですが)。
 
…脱線しましたが、あれもこれも全て妄想ですのでご安心下さいませ。
今はカウンセリングで安全基地を心の中に作っている最中で、逃避したりどこかに新天地を求める必要なんてないことは、ちゃんと分かっているのですから。
そうして、今は自分のいる場所にも愛着を感じ始めているのだから。
 
今日は待ちに待ったカウンセリングの日で、あたくしは先生と何をお喋りしようかとアレコレ考えていたりするくらいだから、大丈夫。
燃料切れかけで墜落寸前の飛行機みたいなあたくしは、ヨロヨロとカウンセリングという小さな空港にやっとこさ着陸でき、しばし給油と休息ができる。
スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

 

※書いてしまってから「いや、電子書籍にすれば、文庫分一冊分だけ荷物が減る」と思ったのだけど←これも妄想(笑)、あたくしはこの文庫分を装丁も含めて愛しているのだった。それに、この本は表題の作品も素敵だけれど、もう一つのお話「ヤー・チャイカ」も併せて読むのがオススメなのである。独特の世界観。もし、読み終わった後の世界の静寂を共有できる人がいたら、このうえなく幸せ。 

曲がったキュウリ。

f:id:spica-suzuhazu:20171216094922j:plain
今日のバイトの現場は、某所の大きな公園だった。
この寒空の下、公園に植えられている樹木の調査をするのだ。おお、寒い!
現在の短期バイトのメインの仕事は、実はフィールドワークなのだ。
現場で収集した情報を事務所でデータにまとめる、そうして依頼主に納品する、というお仕事なのだ。
世の中、いろいろなお仕事があるんだなあ。  

夏場は夏場で、暑さと虫対策が必要で大変だったそうだけど、冬の調査に至っては、あまりに過酷そうなのでバイトの応募すらなかったらしい(笑)。

で、引きこもりのオバさんの登場である。
実は、オフィスでの事務仕事なんかより、こっちに仕事内容に惹かれたのだ。
この地味でニッチなお仕事に興味があったから、勇気を出してお仕事してみる気になったのだ。
腰には貼るカイロ、手がかじかまないように手袋とハクキンカイロ。魔法瓶の中に熱いハイビスカスティー。 ユニクロヒートテック関係、防寒グッズオールスター総出演で万全の寒さ対策をして挑む。

初めて知ったのだけど、公園の樹木には一つ一つ番号が付けられていて、管理されている。
どれくらい成長したのか、枯れかけているとか、枯れたので撤去したとか、以前の記録と比較しながらチェックしていくのだ。

このお仕事の楽しみは、同行する方が造園設計と農業の経験がある植物のプロフェッショナルなので、ずっとそれらの話が聞けることだ。
この時期の樹木は葉が落ちているものが多いので、見た目的には寂しく、一見、樹木名の確認も難しい。

「そういう時には、木の芽を見て種類を判別するのです」と、その道のプロは教えてくれた。
なるほど、木の芽はすでに次の春に向けて芽を膨らませている。
「木の芽は、葉が落ちてからじゃないと見えないですけど、実は次の春の木の芽の準備が終わってから、落葉するのですよ」と伺った。

「木って、とても忙しいんです。
 春になったら花を咲かせて虫を呼んで受粉させなきゃいけないし、
 光合成するために、葉っぱも急いで茂らさなきゃいけない。
 実を大きくするために栄養分を吸って、その後はすぐに冬の準備」

あたくしは、今やっと、春までのしばしのお休み、ホッとしてくつろいでいる樹木を見ているのだ。
この「木は忙しい」「木はいつも一生懸命」というのは、とても新鮮な感覚だった。
もっと、木は、ソヨソヨと気楽に生きていると思っていたのですよ。

なにしろ、疲れ果てるとあたくしは「来世は木になりたい」「ナマコに生まれ変わりたい」「ボルボックス(藻の一種)になって勝手に増えていたい」だのと思っていたのだ。
いや、失礼。
楽な生き物なんてなくて、 みんなにとって生きるのは大事(おおごと)なんだ。



このアルバイトを始めるにあたっては、ものすごく迷って勇気が必要だったのは、以前にも書いた通り。
自分では決めかねて、夫や主治医やカウンセラーの先生などにも「大丈夫かどうか」お伺いを立てた。

大抵の人は「いいじゃないの? まずやってみて、失敗したら、またチャレンジすればいい!」みたいに励ましてくれたのだけど、実は、自分のような全般性不安障害とかパニック持ちの人には、失敗こそが一番恐ろしく、避けたいことなのである(笑)。
だからずうっと、失敗は無様なことだ、また失敗するなんて耐えられないと考え、失敗するくらいなら家に篭ってた方がマシ…という精神状態に陥っていたのである。
失敗したらまた挑戦すればいい、みたいなのは正論ではあるけれど、ある程度健全な人向けの励ましの言葉なのだ。

その中で、カウンセラーの先生だけが、「何で迷っているの? すごく面白そうじゃん、やってみなよ!」的な、楽しさ基準で背中を押す、というアプローチをしてくれた。
もちろん、先生がそのバイトの内容を詳細に知っていて勧めてくれた訳でない。
その時は「先生、また何をいい加減なことを(笑)」とか内心思っていた。
でも、この「楽しそうだから、やらないのはもったいない」的な押しが、何だか後からジワジワ効いてきたのだな。
 
先生はこれまでの面接の中で、あたくしが田舎の人で、本来は自然や生き物への興味が深いことを、あたくし自身よりも理解していて勧めてくれたらしい。
先生の療法は、今も何だかよく分からないけど、とにかく「今の心地良さを味わうだけ療法」なのである。

そうして、カウンセラーの先生も自然や生き物が大好きなので、「バイト、どんな風?」と興味津々の様子で聞いてくれる。
「僕はさぁ、こんな仕事は辞めて畑を耕したりとかしたいなぁ、とか思うことあるよ」と先生が冗談交じりに言ったことがある。
あたくしとしては先生が突然農家に転業されたら困るので、慌てて「冗談はよしてください」と言ったのだけど。



さてバイト中、樹木の話ではないけど、公園のベンチでコンビニ弁当の昼食を食べながら、何とはなしにキュウリの話になったことがある。
「キュウリって曲がっているのと真っ直ぐなのと、どっちが自然だと思います?」とクイズを出題された。
あたくしの子供の頃、母親が家庭菜園をやっていて、採れたキュウリはどれもこれも曲がっていた。
だから、スーパーで売られる真っ直ぐなキュウリというのは、どこか作られた感じがして、曲がったキュウリが自然なんだと思い込んでいた。

でも実は、キュウリというのは、何の問題もなくスクスクと成長できたなら、本来は真っ直ぐな野菜なんですと!  

自分は子供の頃、「おまえは家族の誰にも似ていない」「どうしておまえはそうなんだ」「他の人のように普通にできないのか」と言われてきたから、それは仕方ない、他の人のご期待に添えないのはどうしようもない、生まれつきなんだもん、と思っていた。 (今なら、親に似ていないと言われても全然動じない。だって、自分の嫌な部分はすべからく親譲りであるのだから!(笑))

でも、何だか、そのキュウリの話を聞いて、全ての生き物には本来、生まれながらの健全さが備わっていているような気がして、あたくしはちょっぴり救われたような気がしたのだ。

さぁ、自分が曲がったキュウリだと洗脳されてきた実は真っ直ぐなキュウリなのか、 はたまた、曲がってはいるが、それは本来の姿ではなく、本来は真っ直ぐに育つはずだったキュウリなのか…。
人の心は見えないから、それは分からないのだけど、きっと、命というものは本来は皆、健やかさを秘めているのだろう。

キュウリをネタに、そんな風に脇のメモリーでずっとアレコレ考えながら、「はぁい、幹の太さ2メートルですね?」と、復唱しながら一生懸命に記録用紙に書き込んでいる時間が、何だか、無性に和む。
本当に寒いんだけどさ!
そうして家路につけばグッタリバッタリで、一日中、山をうろつき回った獣のように、ただ身体の休息を求めて深い眠りにつくのだ。