心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

たゆたえども、沈まず。

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この数ヶ月間、ずっとこの言葉が頭から離れなかった。
「たゆたえども、沈まず」
ああ、まさに今のあたくしの言葉だなぁ、と思いながら。
 
調べたら、フランス、パリ市の標語だそうだ。
「揺れるだけで、沈みはしない」
 
そうそう、ずっと、揺れているのだ。
でも、あたくしは、なんとか沈まずに暮らせている。
 
あたくしの、“全般性不安障害”の再来を予感させるソワソワをスイッチONした主は、こともあろうに、その後も事有る毎に職場で爆発した。
頻度としては、2週間に1回くらいだと思う。
ちょっと多い(笑)。
 
その人が、あたくしに怒っているのではないのだということは、すでに解っていた。
怒りの対象は、この職場の全ての人…おそらくその人自身をも含んでいるのだ。
少しでも思い通り、予定通りにならないと、恫喝の主はしきりに爆発した。
そうしてその時は、そこにいる誰しもが、傘も持たずに原っぱで雷雨に遭遇した時みたいに、早く遠ざかってくれることを祈りつつ、感情の雨に打たれ続けた。
 
最初のうちは、自分以外の人が怒られると、「この人は、自分の代わりに被害に遭っているのでは?」と思っていた。
よく解らないけど、「ごめんね、ごめんね」と心の中で手を合わせていた。
そうして、その都度、全般性不安障害のスイッチは発動して心臓はドキドキした。
この思考回路に「ありゃ、なんか変だぞ自分?」と違和感を持ち、これこそ自分の個人的なテーマ…治すべき「考え方の癖」であることを自覚したのは、ごく最近だ。
 
 
 
この数ヶ月、あたくしは、「先生! 今こそ先生の出番でしょ?」と言わんばかりに、何回も自分の不安をカウンセリングルームで訴えた。
 
「どうしましょう?
今、あたくしが面倒見ている子には、社会に不安を持ってビクビクしている人がたくさんいるんです。
あたくしは、その子達に、“世の中はそんなに悪いもんじゃない”と伝えたい。
でも、いまのあたくしは本当に怖くて、朝、職場に出かけたくないし、職場にいる間、心臓は常に締め付けられるように痛む!
ある朝、あたくしが布団から出られなくなったら、あたくしが面倒見ている子は、あたしのこのテイタラクに失望するだろうか?」
 
あたくしのこんな御託を、先生はただ、ニコニコと聞いている。
 
だけど、
「最近は、恫喝場面で胸がドキドキしてきたら、“あぁ、あの人は、アドレナリンが全開だぁ”とか“今あの人の交感神経は優位になっている〜”と、考えてやり過ごそうと思ってます!」
と、実践している自己対処法を伝えた時は、緩やかに否定された。
 
「いや、そうじゃない。
 自分が“怖がっている自分”を認められないうちはダメだよ」
 
この2年間、ずっとずっと言われ続けていること…。
中途半端な理屈で誤魔化さず、自分のありのままを認めろというのだ。
あたくしの、「高ストレス下でも冷静でいたい」という煩悩は、先生の前では粉々に粉砕される。
 
「誰だって、怒鳴られたら狼狽えるでしょう? それが普通だよ?」
 
 
 
「あれ以来、自分はとっても怯えています」
ようやく最近、職場の仲間に自分の本当の気持ちを、打ち明けることができた。
こんなこと夜更けの残業時に言われたら困惑するかなぁ?と、思いつつ、思い切ってのカミングアウトだったけど、同僚は「あ、そうだったの?」という顔で聞き流してくれた。
後から、「そんなこと、わざわざ言わなくても良かったかな?」と、チト後悔したのだけれど、弱さをさらけ出したことで、不思議と自分の心がとっても楽になっていることに、後で気がついた。
 
予定だと…いつものパターンだと、自分はそろそろ職場に行けなくなっていたのだ。
ある日、突然布団から出られなくなって…ね?
 
この数ヶ月、影で時々こっそり半錠に割ったアルプラゾラムを口に放り込みながら、同僚や相談を担当する方の前では何でもないように装っていた。
でも、今回のあたくしは、孤独じゃないから、もう、強がらなくてもいいんだ。
心臓は時折バクバクとして、相変わらず痛い。
だけど、何だか今回は大丈夫そう…。
 
やっと、そう思えた。
 
「ほら、僕の言った通りでしょう?」
と、自慢気に言うカウンセラーの先生の顔が目に浮かぶ。

スイッチが入っちゃいました。

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今回は、前回の話題の続き。
 
カウンセリングで、あたくしは昨年末の事の顛末…つまり恫喝を食らって凹んだ一件…をお伝えしたのだが、先生は、その長々とした話を聞いた後に、静かに言った。
 
「…それは、災難だったね」
 
いや、いや、いや、それでですね、今、自分、壊れかけてるっぽいんですよ。
自分は、一生懸命に説明する。
夜中に目が覚めるし、朝は憂鬱で職場に行きたくない、職場で食べる昼食は喉を通らない。
それにね、あのソワソワが…“全般性不安障害”特有のソワソワが…止まらないんですよ。
 
自分は、あの一件以来、かなりポンコツになっている。
注意力散漫、短期的記憶力減退。
 
今までのあたくしと違うところは、取り繕うことを辞め上司に申告したこと。
「1日も早く元に戻るために休息を多めに取りたいのです。しばらく残業は勘弁してください」
ちゃんと、許可を得ることができた。
 
職場の人も、年末の件はご存知で、理解してくれている。
これ以外、何が何が望める?
 
あたくしは、今の仕事を辞めたくないんだ。
 
 
 
「かつてのあなたと、今のあなたは、違うんだよ?」
先生はそう言う。
本当だろうか?
そうであるような気もするし、自分は依然としてこれまでと変わらない自分のような気がする。
だってまた自分は、不安のスイッチが入って、始終ソワソワしている。
 
だけど、よく考えてみると、確かにこれまでの自分とは違うことがある。
 
それは、
恫喝の主を「“絶対に”許さねぇ」とか思わないこと。
「こいつさえいなければ全て上手くいったのに」と恨まないこと。
 
そうして、無理に相手を許そうとか思わないこと。
許せない自分を「小せえ奴」と蔑まないこと。
 
ただ、静かに、
「今の自分は相手を許せない。だから、気が済むまで怒っていよう」
と思えることだ。
 
きっと、いつか、それは薄れていって、過去のことになるだろう。
この辛さは永遠に続くのではないという、そんな確信だけは持てるようになっている。
 
ねえ、でもね、本当にかなりポンコツなんですよ? どうしましょう?
 
「ワンランク上の自分になるときはさぁ、かなり大切なこともスポッと抜けちゃうようになるんだよ?」
は?
「きっと、それだよ(笑)」
先生、嘘でしょう!
 
また、適当なこと言って、本当に辛いんですってば。
それに「ワンランク上の自分」なんて言い方、インチキ氣功師みたい(笑)。
 
 
 
それから暫くして、偶然にも恫喝の主と、二人きりで残業になった。
「先日はすみませんでした。あんな言い方をして」
実は、謝っていただくのは二度目なのだ。
最初の謝罪は、まるで取って付けたような感じで、到底受け入れられるものではなかった。
だけど、あれから一ヶ月近くも経って聞く、今回の「ごめんね」には、心が込められているように感じられた。
 
「会社に来るの、ずっと辛かったでしょう?」
「そうですね」
あたくしは正直に言えた。
 
今までは、嘘ばかりついてきた。
「私、結構タフなんです」とか。
「一晩寝たらケロリなんです」とか。
「鈍感すぎて、逆にイラつきませんでした?」とか。
 
今回は、そういうことは言わない。
 
怒りのあまり言葉が迸り出ることもない。
ただ、静かに「ああ、終わった」「ああ、越えられた」と安堵した。
 
しかしですね、一度入ってしまったスイッチはOFFにならない。
あたくしは、隠れて、今も毎日、頓服のアルプラゾラムを飲み込んでる訳。
 
今、怖いものは何にもないんだよ?
どれだけ言い聞かせても、自分は暗闇で怯える小さな獣みたいな心持ちになってしまうんだ。
 
先生、どうしたら、いい?

サバイブ。

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あたくしは、極限状態に興味がある。
極限状態に人間の精神はどうなるのか?
自分の興味はそこにある。
 
サバイバルに関するを何冊も読んだ。
 
正月に実家に帰ると、雪の降りしきる夜に必ず読むのが
八甲田山死の彷徨』新田 次郎 著。
 
人に「元気になるよ」と勧められて読んだところ、
あまりの壮絶さに元気になるどころか今もトラウマ的な本、
ヨットレースの事故とその後の長きに渡る漂流を扱ったノンフィクション『たった一人の生還』佐野 三治 著。
 
サバイバルといえば山岳系も読んだ。
ミニヤコンカ奇跡の生還』松田  宏也 著。
トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』羽田 治 他 著 とか。
 
ホロコーストでの過酷な環境での記録『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル 著 も、もちろん読んだ。
 
生還した当人か、それらの人からの証言を元に書かれた本の数々。
どんな人ならば極限状態で生き残ることができるのか、自分は知りたい。
 
 
 
昨年末に…その年最後のカウンセリングの後に、会社で先輩にしこたま怒られた。
いろんな書類の作成が遅れ、たくさん溜め込んだのだ。
それ自体は、自分が悪いことは十分理解している。
忘れていた訳でもなく、この2ヶ月間、人員不足のまま頑張っていた。
そうして「どこかで遅れを取り戻さなきゃな」と思っていた。
 
残業はかなりMAXな感じでやっていた。
その上でもう少し仕事を進めておく方法も、自分は薄々知っていた。
つまり、他の人がやっているように…
休日にこっそり来て片付ける、とか、
タイムカードを切ってサービス残業する、とか。
あとは、
全てを適当に要領良く手を抜く、とか、
困った人がいても見て見ぬ振りして仕事に没頭する、とか。
 
それは全部、自分の主義的には嫌だったので、
優先順位の高いこと、締め切りがあるもの、自分が行わないことによって他の人に迷惑がかかることから先に行っていたのだけれど、
それでも、限界が来ているようだった。
残念だけど、自分の主義を変えてもっと要領良くしないと、自分はまた体調を崩すように思える。
 
その日、会社の先輩は、仕事の遅れを咎めるだけでなく、あたくしの全人格を否定して怒ってきた。
怒って仕事が早く片付くならいいが、そもそもの仕事量が溢れているのだからしょうがないと思うのだが?
もちろんあたくしは「誠意を持って遅れを取り戻すように努力します」とお伝えした。
でも、あたくしの落ち着いている様子に、相手は更に興奮したようだ。
同僚が「もう、その辺にしておきなよ」と助け船を出してくれたけど、恫喝は止まらなかった。
あたくし的には、その必要性はあまり強く感じられないのだけれど(そして絶対しないけれど)、泣いて謝ったり、土下座すれば良かったのかも知れない(笑)
 
相手は2時間くらいも(!)怒って、「これを上司に言いつけるなら言いつけてくれていい!」と言い放った。
どうやら、パワハラをやっているという自覚はあるらしかった。
恫喝だけで定時を過ぎてしまったので、その後、残業して仕事を進めた。
しかし、その方は次の日も怒りが収まらないらしく、他の新人にまで八つ当たりをする始末。
見かねた同僚が上司に連絡してくれ、すぐに駆けつけてくれたのだった。
それだけでなく、他の人も「これは録音しておいた方が良くないか?」とか、
「証言者になる為にこの場を離れちゃダメだ」と、使命感を感じてくれていたようだ。
ありがたし。
 
あたくしは、ぼんやりと「うちのパーティは冬山で遭難したなら絶望的だな」と思った。
自分はその先輩の信頼を失ったのだろうけれど、あたくしもその先輩への信頼を失った。
双方の信頼が取り戻せるのかどうか、今の所、分からない。
 
 
 
サバイバル本の中で好きな本が一冊ある。
『エンデュアランス号漂流』アルフレッド・ランシング 著
南極点制覇を目指して出航した船は、問題続き。
積荷のラインナップが間違えていたり、乗船名簿に居ない人がコッソリ乗り込んでいたり。
そうして、氷山によって座礁…。
船を捨て、持てるだけの装備を持って、28人の乗組員は、何と17ヶ月も極寒の氷上を彷徨う。
 
早々に冒険は失敗するのだ。
だけれども素晴らしいのは、この探検隊が誰一人の命も失うこともなく生還することだ。
アーネスト・シャクルトン隊長のリーダーシップが素晴らしい。
密航者、凍傷で動けなくなった者、隊の規律を乱して不穏な動きをし兼ねない者…。
そういう人々への対応が素晴らしい。
彼は誰も見捨て無いのだ。
 
人には、どんな過酷な環境でも心の強さや美しさを失わずに生きることが出来る。
自分はそれを知るだけで、なんとなく希望を失わずにいられるような気がする。
 
しかし、自分はやはり、その後、体調を崩した。
恫喝した本人は、心のマグマを出し切ってケロリとしているのだが、こちらはそうはいかない。
数日後に職場にやってきた上司に「大丈夫?」と聞かれた。
 
「多分、毎日見ていたら気付かなかったかもしれないけれど、
 久々に見たら、何というか、元気がないのが分かるんだよ」
と、その人は言った。
 
その言葉にあたくしの胸はいっぱいになる。
あたくしは、なんと単純なんだろう!
精神状態が全部、表面に出ちゃうんだ!
気が付いてくれてありがとう。
あたくしは、正直に「大丈夫ではないです」と答えることができたのだった。

 

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

エンデュアランス号漂流 (新潮文庫)

 

※残念ながらこの本は古書でしか読むことができないんだな。シャクルトン本人が書いた本は中公文庫から出てます。あたくしは読んでないんだけど。 

 

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)

 

※実際の事件(雪中行軍の訓練中の遭難)を元に新田次郎氏が書いたものであり、詳細はちょっと違うらしい。だけど、間抜けな上司が部下をどんな悲惨な状況にするかは良く分かる一冊。

 

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

 

 ※新版もあるんだけれど、自分の読んだのはこっちだから旧版を掲げてみた。フランクルさんは心理学者であったから、このような深い洞察が得られたのだろう。こんな過酷な状態を乗り越えた人に「それでも人生は意味がある、生きなさい」と言われたら「ハイ」というしかない(笑)。

 

トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)

トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)

 

※夏山で凍死者(正確には低体温症による)が出た事件の顛末を書いたノンフィクション。この本に至っては、どうすれば…というより、運のいい人っているよな、という感想。

 

ミニヤコンカ奇跡の生還 (ヤマケイ文庫)

ミニヤコンカ奇跡の生還 (ヤマケイ文庫)

 

※山を攻める時、その場の急こしらえのメンバーで挑むと、やはり命を左右するようないろいろな事が起きるんだなぁ思わされました。信頼関係大事。 

 

以上。書籍はおすすめ順。

ギフト。

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先日、初めて「手首を切りました」という人の電話を取った。
 
この仕事を始めた時、あたくしはそうした事態に遭遇することを恐れていた。
だって、それは自分のスキルを越えているし、というか、仕事の範疇を越えている。
 
そんな場面で、自分のささいな言動や判断違いが、大変な事態に繋がったりしないのか?
職場の上司は「そうした医療の範疇の人は、来ないから大丈夫」と言ったのだ。
 
だがしかし、世の中には絶対なんてことはないのだ。
 
そうして、そういう時に限って、事務所にはあたくし一人なのだ。
 
「あのう、お手当はしましたか?」とあたくしは言った。
何しろ、ありえない事態だから、対処法なんか教えてもらってない。
ええい、自己流だ。今まで読んだ本や、見聞きしたことを総動員する。
 
「そうですか、それはいけないですね、すぐ病院に行って下さい。いいですか?」
不思議と頭の中が静まり返っている。
「約束してください。もう二度と自分で自分を傷つけないって。
 世の中の誰かがあなたを傷つけたとしても、自分で自分を絶対に傷つけないって」
そうして、再度、病院に行くことを促した。
 
電話を切ってから、職場の偉い人(「絶対に来ないから大丈夫」って言ってた人にね(笑))に電話。
 
そうして、人と繋がりたい気持ちの表現方法には、なんてたくさんのバリエーションがあるんだろう…と思った。
 
 
 
このお仕事をしていると、日々、たくさんの贈り物をもらうのだ。
 
自分の好きな音楽を共有してくれる人。
自分が書いた絵を見せてくれて、「素敵だね」と言うと、ビリっとノートを破ってプレゼントしてくれる人。
今まで見せなかった笑顔を見せてくれる人。
あたくしが落ち度を謝罪した時、優しい気遣いを見せてくれる人。
 
その人たちは、自分が贈り物をしていることに気付いているだろうか?
誰かの心を温めていることに気付いているだろうか?
自分が、贈り物上手だということに気付いているだろうか?
 
 
 
一方で、贈り物下手な人も存在する。
 
受け取るのを躊躇するような物を、他の人には見咎められないようコッソリとカバンの中から出して、押し付けてくるようなやり方。
 
不器用なんだな。不器用だなあ〜と思う。
 
そうして、そういうことを自分もやってしまうことがある。
 
なぜなら、今回のあたくしは、カウンセリングルームに旅行のお土産を持参しているから…(笑)。
 
「あのう、お困りと思うのだけれど、受け取ってもらいたいのです…」
本当にスミマセン。とあたくしは付け加えた。これはただの自分のエゴだから。
 
物事はタイミングだ。
少し前に、意図せぬ人から贈り物を押し付けられた時の戸惑いを感じて、自分の行動を振り返る羽目になったのだ。
 
 
 
贈り物って、とにもかくにも人との関係性を持ちたい意思表示だと思う。
 
こっそり教えてくれるお気に入りの音楽
うまく描けたノートのイラスト
重い物をヒョイと持ってくれる
ドアを押さえて自分を待っててくれる
自分に向けて見せてくれる親しみの笑顔
 
それから
 
手首を切りましたという電話
死にたいですというメモ
自己判断で薬を飲まずにいたら具合が悪いです、という訴え
不眠が続いているので本調子ではないです、という言い訳
あなたの言い方が気に障って不機嫌になりましたという抗議 ……
 
みんなギフトだ。
関係性を求めてる。
 
ああ、先生どうすればいい?
と、あたくしは師に問うのだ。
 
「ぼくはね、その行為や物に、どんな気持ちが込められているのかを見るようにしているよ?」
 
あたくしは、そこにあまりにも大仰な物が介在すると、反射的に心理的な抵抗が生まれてしまう。
だけど、その心理的な抵抗はこっち側の事情…だから、ひとまず脇に置いておいて、相手の気持ちを受け止めてあげて?  と先生は仰った。
 
「贈り物に対して、どうすればいい?って質問に対しては、あまり的確なアドバイスができないんだな。
 ぼくは、杓子行儀なことを言うのは苦手で、贈ることも貰うこともする人だから」
先生は、あたくしの小さなお土産を受け取ってくれた。
 
先生はそこに、あたくしのどんな気持ちが込められていると読み解くんだろう?
そうして、このあたくしの申し訳ない気持ち、見逃して、勘弁して、という気持ちは何なんだろう?
 
 
 
「来年になったら、カウンセリングは月一にしようか?」
4月になったら、あなた、いろいろ忙しくなるだろうから、と先生は付け加えた。
 
先生と段々と会えなくなるのは、それは覚悟していたことだけど、寂しいことだ。
誰かに席を譲らなきゃいけない時期が近づいていることを自覚しなきゃいけない。
 
来春からあたくしは資格の勉強を始めるのだ。
先生にこのことを相談した時、「出来るよ! やりなよ!」の言葉に背中を押されて頑張ることにしたんだ。
 
寂しいな。
お気に入りのタオルケットを卒業しなきゃいけない時のような、寂しさなんだな。
 
 
 
…嗚呼、先生に「Merry Xmas」伝えるの忘れてしまった。不覚…。

今は「あの時」と違う、と理解しなさい。

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カウンセリングに赴き、開口一番「トラウマが再燃しそうです!」とあたくしは訴えた(言葉が変だな(笑))。
「トラウマぁ? 何よ、それ?」フッと先生は鼻先で笑う。
「先生、そこ、笑うところではないです!」と、ツッコミ入れながら、あたくしも笑ってしまう。
その自分の笑いを意識したところで、自分は少し冷静になれる。
 
現在の職場に訪れるお客様に怖い人がいるのだ。
三者が見たら、あたくしのその人への態度は、冷たく怒りを含んでいるように見えるかもしれない。
自分が、客観的に見て冷徹な態度を取っていることも自覚している。
もっとソフトに接した方が良いような気もするが、それを止めるのは難しい。
この根本は、恐怖から来ているものだから。
 
その人は、例えるとするならば、「つまらないことで何度もナースコールをかける入院患者」みたいな感じだ。
 
分かりきってくることを何度も何度も聞いてくる。
自分では決められないから指示してくれと言う。
ワザと間違えて、対応を求めてくる。
後回しにされたと思うと怒り、即座に対応しても態度が気に食わないと怒る。
 
疲れている、眠れない、鬱である、フラッシュバックがある、過呼吸になる、パニックになる…。
自分は弱者であるから、いたわってもらって当然、と優しさを貪欲に求めてくる。
何か具合が悪くなったら、それは対応を間違えた人のせいである、と暗に脅迫しているかのようだ。
 
自分はどうしようもなく重い病気だから、面倒くさいことは代わりに考えてもらいたいし、やりたくないことは見逃してもらいたいし、そんな自分のプライドを傷つけるような対応はしないで欲しい。
いつでも時間を割いて自分の話を聞いてもらいたい。
数々の主張をかいつまむとこんな感じだ。
 
でも、そんな「心身共に疲労し、何もできない」人が、プライベートでは夜遊びを繰り返し、自らトラブルの種となる行動ばかりしていることも、あたくしは知っている。
自分に都合の良いことばかりを言い、平気で嘘をつくことも。そのことに何の罪悪感も持っていないことも。
 
世の中には、人に迷惑をかけても、嫌われるようなことをしてでも、人と繋がりたいと切望する人がいる。
その人は、そういう人だと思う。
さざ波のように押し寄せるあたくしの嫌悪感。
「ありえない」とか思っても、そういう人は存在するんだ。初めてじゃない。
 
 
 
あたくしは新人ということで、何度かその方の対応をしたこともあり、相手から親しみを感じられているらしい。
ご指名で対応をお願いされることがある。
そんな中、最近、ジワジワと恐怖感に満たされてくるのを自覚していた。
 
その人の思考回路が、行動様式が、かつてのストーカーにどことなく似てるのだ。
 
もし、あたくしが対応を間違えて、その人から恨みを買うようなことがあれば、相手は何をするか分からない。
きっと、自分はまた、立ち上がれないほどの痛手を受けるであろう。
 
…かようにあたくしは、自分の過去の経験に当てはめ、自身の恐怖心を煽っているのだ。
だから、あたくしの恐怖は、相手に由来するものであっても、あくまでも自分の問題であったりする。
 
「あのね」と、先生は言った。
「あなた、“あのとき”と“今”とは違うってこと、分かりますか?」
 
それは、大切なことだ。
 
「分かります。
 まず、相手は、かつてのストーカーとは全くの別人だということが分かるし、
 今は、かつてと同じ状況になったとしても、自分が別の対処をすることも分かります。
 周囲にすぐに助けてくれる人がいることも、分かってます」
 
先生が、あたくしにそれを言語化させ、自覚を促すのは、あたくしを安心させる為だ。
 
「じゃあ、あなたは、その人に対してどう接したいの?」
 
「極めて、事務的に接したいです…」
あたくしは、本音をキッパリと言った。
 
「それを常に忘れずに行動しなさい」
先生は、あたくしのカウンセラーだ。
だから、あたくしを守ることだけを考えて助言してくれる。
 
実は、あたくしは心のどこかで、まだ一縷(いちる)の甘い希望を持っているのだ。
あたくしが何かしてあげたら、その困った人を助けてあげらるんじゃないかとか…。
それがあたくしの愚かさであり、弱さなんだ。
 
 
 
「いろいろなことが頭に浮かんでも、そういう気持ちがあるんだな、と思って、脇に置いておくんだよ?」
と、先生は言った。
「反応しないってことですよね? ヴィパッサナー瞑想ですね」
とあたくしが笑ったら、先生は真面目な顔をして
「フォーカシングだよ?」と念を押すように言った。
 
あたくしが、その困った人に、諭そうが、優しくしようが、怒ろうが、何か反応してしまったら、それは相手の心の炎に薪をくべてしまうことになるんだ。
 
「常に、人との距離を適度に保ちなさい」と、先生はあたくしに告げた。
たとえ自分が好意や親しみを感じた相手に対してであっても、慎みをもって適度な距離を保ちなさい、と。
それは、寂しがり屋の自分には辛いミッションだ。
 
それが自分の心を守る為だと分かっていても、あたくしにとっては難しいことなのだ。
でも、やりとげなきゃいけない。
 
本当に支援したい人の為にも、自分の為にも、あたくしはいつも健やかさを保たなきゃいけない。
もう、誰かさんの黒い引力に取り込まれて、自分を見失いたくはないのだ。
 
う〜〜〜むと頭を抱えるあたくしに、
「あなたが難しいことをやり遂げようと頑張っているのは分かるよ?」
と、先生はねぎらいの言葉を掛けてくれた。

自分を愛してるかい?

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先日、個人的にちょっとショックな出来事があった。
 
その日は、月末に発生する大量の事務仕事を片付けなくてはと、スタッフ一同てんてこ舞いの日。
そこに、「あのぅ…」と一人の通所者が、あたくしの前に座っているスタッフに近づいていった…
…のだが、そこで、
「あ、○○さんは忙しそうだから、葉月さんに聞こうっと♪」と呟き、こっちに進路変更したのだった。
 
ーあたくしだって、忙しいよ‼︎ー
しかし、これは心の中の叫びであって、あたくしは笑顔でその方に対応させていただいた。
 
平素、ここに来ている方々には、どんなにスタッフが忙しそうであっても、声を掛けるように促している。
「質問が出来ない」「質問するタイミングが分からない」という人が多いので、質問すること、その際に伝わりやすい言葉選びをするのも、この場で行う練習の一つなのだ。
そういう訳でもあるし、個人的にはそういった対応は全然苦にはならない。
 
ならないのだが…ショックだったのは、同僚の○○さんには出ていた
“忙しいから話しかけるな”オーラが、自分からは全く出ていなかったことだ。
 
そのようなオーラはどのようにしたら出せるようになるのか?
そして可能であれば、自分でそのオーラのON・OFFが出来るようになりたい!(笑)
 
                                                   
 
前回のあたくしは、カウンセリングで「愛情に飢えている自分」「愛する対象を求めている自分」そうして「誰かに愛されたい自分」そんな煩悩まみれの心についての話をした。
今回のカウンセリングは、何となくその話の続きへと緩やかに流れていった。
 
現在の先生のカウンセリングを受けるまで、自分の中の「人を愛する気持ち」や「人の愛情を求める気持ち」は枯渇してしまっていたと思い込んでいた。
今の先生が「何らかの技術」(それが何なのか今も分からない!)を使って気付かせてくれるまで、あたくしは、自分の中に無限の愛情があることを忘れていたのだ。
 
だけれども今、あたくしはその大切な気持ちを持て余している。
 
そう告白すると、「あなた、自分のこと愛してる?」とカウンセラーの先生が問うてきた。
う〜ん…不覚にも自分にとってそれは、これまで意識したこともない質問だった。
 
「愛してないっていうと、先生怒りますよね?」
恐る恐る聞くと、
「そうだね、怒るね」
先生は、本当にちょっと怖い顔…子供を叱り付ける時の「メッ!」という表情をして見せた。
 
「じゃあさ、質問を変えよう。あなたはどんな時に癒されるの?」
「人の温もりを感じた時かなぁ?…ハグとか、手をつなぐとか…」
「いやいや、そういうんじゃなくってさ」と、先生はあたくしの言葉を遮り、質問を変えた。
 
「自分で自分を癒す時は何をするの?」
え、え〜?
残念ながらあたくしは、この問いにもまともな返事ができなかった。
 
「すみません、分かりません」「難しいです」「考えたこともありません」
自分の口から出てくるのは、そんな言葉ばかり(笑)。
終いにあたくしは沈黙してしまった…。
 
「人によっては、お風呂にゆっくり入っている時、とか言うけど?」
先生が助け舟を出す。
「いえ、自分の場合、お風呂はまるで“洗車”みたいなもんで、癒しなんかじゃないんです」
恥ずかしい話だが本当だ。
自分は、人に嫌われない為に身繕いしているのだ。
それは自分への愛情ではない。
 
自分を遊ばせていると思う瞬間はある。
お風呂で自分の体に浮力を感じるのを楽しんだり、バランスボールに乗って身体を揺らす時、ボルダリングで壁にへばりついている時…そんな風に自分の身体をおもちゃにして遊んでいる時は、たくさん思い出せる。
 
でも、自分に対して愛情を注いだり、癒したりする行為が具体的に思い浮かばない。
「美味しいものを食べている時かなぁ?」
やっと、ひねり出す。
「そうだね、それもその“一つ”だよね」
先生は、もっと考えろ、もっと考えろと、ニコニコしながら無言のオーラを発して来た。
 
 
 
今までに思いもしなかった自分の欠点を見つけることは、時には辛いことだけど、それは良いことだと思う。
そうして、少しずつ洗練させていくのは、素敵なことだと思う。
その為に、カウンセリングに通っているんだもの。
 
“忙しいから話しかけるな”オーラが出なかったその日、いろんな人の質問や頼みごとを聞き、電話を取っている内に1日は過ぎ、結局のところかなりの残業になってしまった。
帰ると、深夜のNHKでは延々と森の小動物を映していた。
働きすぎて脳みそが痺れているのを感じながら、あたくしはその画像に釘付けになった。

遊び、食べて、休み、毛づくろいをし、寄り添いあって温め合う…そんな彼らの仕草を見ていると、人間とはなんと本能とか自然から離れてしまった生き物なんだろう…。

あたくしは、まだ、自分自身を愛する事すら出来ないのだ。
 
「“忙しいから話しかけるな”オーラってのはさぁ、自分を愛せるようになったら、自然に出るもんなんだよね」
と、先生はカウンセリングの最後におっしゃった。
なるほど、そういう訳ね。
 
ミッションは続くのであった。

合谷(ごうこく)。

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日々の仕事には相談業務が含まれる。
仕事全体の一部にすぎないのだけど、カウンセリングを少しでも学んだあたくしにとっては特に大事にしたい時間だ。


あたくしは、そんな“神聖な時間”に、やってはいけないことをしてしまったのだ。

それは、触れるという行為。

もちろん、あたくしは最初に「触れてもいいですか?」と断った。
そうして、相手も快く了解した。
だから、表向きは何の問題もないようにも思える。

だがしかし、それは自分の気持ちを誤魔化しているのであり、その証拠に、後から思い返す毎に、罪悪感と羞恥心がもたげてきた。

失格だわ…。とつくづく感じた。


 
あたくしはその経緯を説明する。

「相手がですね、しきりと身体がダルい、身体が凝る、と訴えたのです。
 それでね、手の平に合谷と言うツボがあるんですよ」

「はいはい、知ってます」とカウンセラーの先生は相槌を打つ。

「それでね、疲れたら、自分でココを押すといいよ、って押したの。
 もっ、もちろん、事前に“手にちょっと触るけどいい?”って言ったのですよ?」

あたくしのドモり具合を見て、先生は冷静に言った。
「触んなくてもツボの位置なんて教えられませんか?
 指で指し示すだけでよくないですか?」

「そうです!」
だから、こうしてカウンセリングルームで懺悔している訳です。
「なぜ? なぜ指し示すだけで良いのに触れたんですか?」
今日の先生は静かで穏やかであるが、裁判官だ。

「理由なんて、簡単ですよ。
 触れたかったからですよ」

ここから今日のカウンセリングはさらに核心に触れる。
 
相談という仕事であれば、たまには好きになれない人もいるだろうに、
今の自分にはそんな方は一人もいなくて、
自分が相談を担当させていただいているその方達、一人一人が
あたくしはみ〜んな大好きなのだった。
それで、時折…いや、しばしば無償にハグしたくなってしまうのだった。
 
「も、もちろん、ハグなんかしませんよ。
 そんな気持ちが常軌を逸してることも重々理解してるんです」

先生の目は、そんなあたくしを冷静に見つめてる。
「ハグして、どうなりたいの?」
「安心ですかね?」
「相手を安心させる?」
「それが…違いますね…自分ですね…自分が安心したいんです」

ユックリとした口調で先生は問いかける。
「ハグしたとして、あなたは安心するんですか?」

う〜ん…
あたくしは自信なさげに答える。
「…なると思います…」

「ならないでしょっ⁈」

ピシリと怖い顔で先生は即座に返す。
そうそう、今日のあたくしは怒られに来たの。
「そうですね…、ならないですねぇ…」
 


あたくしは「そんな自分の気持ちが邪魔なんです」と告白した。

もっと冷静に対処したいのです!
どんなことを聞いても、動揺しないタフな心を持ちたい。
だけど、今の自分は、いちいち相手の告白に心が震えるんです。
そんな自分の気持ちが辛くて…邪魔で…。

「人の話聞いて何にも感じないなんて、そんなのさぁ、無理だよ?」
と先生は呆れ顔をする。

だけれども、そんな風に自分の気持ちに振り回されて、
相手を真っ直ぐに見れない自分がイヤなんです!
家に帰ってからも、なぜそんな風に感じたのだろうか?とか、
自分の気持ちばかり反芻しちゃうんです

「それでいいんだよ?」
満足そうな笑みでニコリと、先生は言った。
「自分の気持ちをちゃんと見つめなさい。
 自分の感じることから目を背けちゃ駄目だよ。
 その気持ちはとても大切なものなんだから」

あたくしには、誰かの特別な人になりたい、という深い煩悩がある。
その煩悩が、目の前で告白してくれる相談者に対する愛おしい気持ちを掻き立てる。
だけどそれは、あたくしの心に現れた幻で、本当の愛じゃないんだ。
 
そう、先生は多分、あたくしに起きた「逆転移」を自覚しろと言っているのだ。


 

その人の手に触れた時の、柔らかさとほのかに湿った温もりに、あたしくしはうろえたのだ。
そうして、随分と人の手に触れたことなどなかったと自覚したのだった。


あたくしの心は愛情に飢えている…そんな自分をちゃんと理解していないと、そのうちきっと大きな間違いをする。

あたくしは、もっともっと自分を知らなくてはいけない…。

合谷というツボは、手の平のツボ。
親指の付け根の少し上辺りにあり、もう片方の親指でギュッと押すと、痛みと共に心地よさが広がる。

先生の言葉は、あたくしの心のツボをキュッと押して、我を忘れかけた自分を正気付かせてくれたのだった。