心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

それは、逆転移。

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現在、あたくしは未熟ながらも人の相談に乗り支援することを生業としている。
 
個室でお話をすることもある。
それは、心理療法やらカウンセリングではなく、あくまでも助言をする為の聞き取りなのだけれど、そこでは密室だからこそ展開される話題もある。
 
「私には守秘義務というものがあるので、さあ、何でも言って下さいな」と切り出す。
「絶対に否定したり、怒ったりしないから、率直な気持ちをお気軽に」と言ったりもする。
もちろんこれらは、自分の好奇心を満たすためなんかじゃなく、相談者の利益を考えてのことだ。
 
「言いたくないことや、まだ心が準備できてないことは言わなくてもいいけど」と、必ず最初にお伝えすることにしている。
そうして「だけど、もしかしたらこれは言っといた方が、良い助けが得られそう…と思ったら、どんな些細なことでも教えてくださいね」と付け加える。
信頼してもらいたいから、日頃のチャランポランな部分は一切、脇に置いて、ひたすら誠実な言動を心掛ける。
 
自分が働けないほどメンタル不調に陥ってた時、ささいなことで恐れたり怒ったり悲しんでいたことを思い出す。
「あなたはあたくしにとって大切な人」
…できる限り、そんな風に接するようにしている。
どんな小さなことでも相談者への感謝と謝罪の気持ちを言葉にする。
ないがしろにされている、後回しにされている、手を抜かれてると相談者に失望されないよう振る舞いたい。
 
こんなに一生懸命に理想像に近付こうと頑張っちゃったら…あぁ、仕事以外の自分はますますいい加減な人間になってしまうな、と思いつつも、真剣に役割になりきる。
プロフェッショナルに近付こうと、背伸びして頑張る…。
 
 
 
そんなある日、自分は相談者のささいな返答に言葉を失ってしまった。
相談者の言葉を待っている時の沈黙なら平気なんだけど、こっちが沈黙せざるを得ない場面は迂闊にも想定外で、あたくしはシドロモドロになった。
 
あることに関してのあたくしからの助言に、相談者はこう問うてきた。
「自分、そんな風に見えますか?」
 
「あなた、もっと◯◯したほうがいいよ」みたいなやりとりは、これまでだって何度もしていた。
だって、相談の時間ってそういうものだもの。
だけど、その日は何かがいつもと違ってた。
 
目の前の彼が、決して自分に抗議してきたわけじゃないのは分かっていた。
ちょっと見上げるような瞳には、傷付いたような悲しそうな感情が浮かんでいた。
いや、浮かんでいるようにあたくしには見えた。
 
そう感じた途端、彼の感情がそのまま「どストレート」心に入り込んで来る感覚がした。
ああ、何だろう? この化学反応みたいなもの…。
あたくしは、その異変にうろたえた。
しかも、この感覚は初めてではないのだ。
何度も、カウンセリングルームで自分が感じてきた、あの不思議な感覚なのだ。
 
こともあろうに、自分はその感情の渦に飲み込まれて、ちょっと泣きそうになった。
「ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃないの。他にいい言い方が思いつきません…」
情けなくも、咄嗟に謝罪の言葉を口にしてしまった。
こんな振る舞いは、相手に罪悪感を抱かせるだけなのに…あぁ、失敗。
 
彼の持つ深い悲しみの何かが、自分の琴線に触れたのだ。
そう、これは、自分の問題。
これは、これは、何とか脇に置いておいて…。
 
 
 
早速、カウンセリング中に懺悔した。
逆転移ならさぁ、たくさん本が出てるから一冊読んでおくといいよ♪」
一部始終を聞いてから、カウンセラーの先生は、笑い出す寸前の顔で、そうアドバイスしてくれた。
 
逆転移というのは、クライエントに接しているときにカウンセラー側が強い感情や思いを抱くこと。
これはクライエントからカウンセラーの無意識の領域に感情が投げ込まれた結果、起こる訳。
 
そうか、これは笑われちゃう類のことなのね?
その時の自分の困惑をどんなに詳細に伝えても、先生は甘いものを口に含んだ子供のような笑顔で聞く。
 
「自分の気持ちを深掘りしようとせずに、相手に注目して?」
こう付け足すのも忘れなかった。
そうですね、きっとその通りですね。
相談の時間は、相談者の時間だものね。
 
「しばらく辛いかもしれないね」
先生はポツリと言って、4月からはカウンセリングの頻度を空けようと言っていたのに、これまでと変わらぬ日程を組んでくれた。
先生、感謝。
 
そうして、あたくしに本心を見せてくれた彼にも感謝。
その勇気と信頼に応えるべく、あたくし頑張るよ。