心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

カウンセング講座を受けながら「あたしはカウンセリングとは無縁」と言い切る人の弱点。

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「自分自身はカウンセリング受けようなんて考えないよ?」
一緒に講座でカウンセリングを学んでいる人がこう言った。
「だって悩み事は自分で解決できるもの」だとか。
 
そうだね。カウンセリングを学ぼうとする人は2種類いると思う。
自分もカウンセリングを必要とする人と、自分にはカウンセリングとは縁がないと思っている人と。
見回すと、現在の講座では圧倒的に後者の人が多いみたい。
 
そういう人は、部下が鬱で休職しないようにとか、職場の離職率を下げようとか、公共の福祉に寄与したいという意欲に溢れた、とても精神が健全な感じの人々だ。
カウンセリングの練習の時も、カウンセラー役は嬉々としてやるけれど、クライエント役は「ネタがない」と言って苦手そうだ。二度同じネタを出してくる人もいる。
あたくしはそういうのを間近で見てて、「本当に悩み事ないんだ!」といつも内心驚嘆している(笑)。(悩み事を自覚していない、というのも考えられるが)
 
人生における諸問題に対して自己完結できるのは結構なことだけど、そういう人にありがちな、致命的な欠点が一つある。
人前で弱みを晒す恥ずかしさを理解できてない人が多い、ってこと。
 
カウンセラーがカウンセリングを始める時の常套句で、
「これはあなたの時間です。守秘義務は守られるし、あなたは思ったことを何でも言っていいんですよ」
みたいなのがあって、これさえ言っておけば、クライエントは安心して何でも話せると思い込んでいる人がいる。
 
わざわざ自分から相談に来て話していることなんだから、平気なんだろう、と捉えているようなフシがある。
 
こんな個人的なことを今日会った人に話すなんて、ものすごい恥や情けなさを感じてるかもしれないなんて、想像すらしない人がいる。
 
クライエントが、勇気を振り絞って告白しているかもしれないなんて、考えもしていない人がいる。
 
まあ、しょうがない。今まで問題は自分で解決してきて、そんな境遇に陥ったことがないのだから。
 
以前、カウンセリングの練習で、あたくしがクライエント役の時、自分がストレスで精神的にメルトダウンして退職しなくてはいけなかった話をしたことがある。
その時に、心が健全な人は、「それで精神的に参ってしまったんですね?」と何度も事実確認してくるのだった。
事実確認や、カウンセラーが話の途中でそれまでの話をまとめたりするのはよくあることで、技法的には特に問題がないと思う。
 
…のではあるけれど、あたくしは言わずにはおれなかった。
「自分にとって、精神的に参って会社を辞めなくてはいけなかったことは、とても恥ずかしいことなんです」
「その恥ずかしいことを、何度も確認されることに苦痛を感じました」
 
その時のカウンセラー役の「ああ、そうなんですか」「言われて初めて気付きました」という反応に、やっぱりね、そこからだよね? とあたくしは軽く失望し、「こういう話を振っておいて良かった」と一人満足したのだった。(もっとも、カウンセリングの練習では、あまり重い話はよしときましょう、ということになっている)
 
カウンセラーが話をただ聞いてあげさえすればクライエントの心が軽くなる、と思っているとしたら、大間違いだ。
話す前にはものすごく緊張するし、カウンセラーがその気持ちを分かってくれていないと、その時間は苦痛でしかなかったりする。
 
だから、クライエントとしてカウンセラーと接していて「こいつ分かってねーな」と思った時は、率直に指摘してあげるのが親切ってものだと思う(笑)。
「これ言うの、恥ずかしいんですから」って。
こんなことすら、言わないと伝わらなかったりするけど、一度言えば分かってもらえると思うしね。
 
自分は単なる弱者ではなく、勇気ある人なんだと知ってもらうためにも是非!