心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

懐かしき街に立つ。

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実は少し前から、アルバイトをしているのである。
たまに会う飲み友達に「いゃ、そろそろ働こうと思っているのよ?」と、適当なことを言っていたら、気を利かしてその子が知人の会社の短期バイトを紹介してくれたのだ。
「知人は古い友人だから、心配しないで」とメールに添えてあった。
その方には、自分の病についてはほとんど話してないのだけど、聡明な彼女は何か察していたのかもしれない。

そこまでお膳立てしてもらいながら、あたくしは怖くて10日ばかり悩んだのだった。
かろうじてバイト先に問い合わせの電話が掛けられたのは、ひとえに彼女の友情に報いるためで、かなり勇気を出した。
面接のために事務所に足を運ぶと、「じゃあ、すぐ来てよ」となった。
あたくしは猫の手として割とすんなり雇用されたのだった。

ところが、そのバイト先の場所がですね…運命というのは何という悪戯をするのだろう…かつてあたくしが一人暮らしをしていた街の界隈なのである。
その街で暮らしている時に、あたくしは事件に遭ったのだ。

意を決して最寄駅に降り立つと、何とも言えず、懐かしい気持ちがした。
変でしょ?

事件の最中、あたくしは向かいのマンションの踊り場から部屋の様子を窺われていたらしい。
犯人の職場と自宅の間、その通勤経路の途中にあたくしの住まいは位置していたのだな。
それを知ったのは犯人が逮捕されてからのことだったので、当時はピンと来なかった。
どっちかっていうと、あれは、後からジワジワ来る類いの怖さだな(笑)

 

 

それはさておき、あたくしがその界隈に暮らしたのにはきっかけがある。

離婚して、生まれて初めて「自分で住む場所を、自分だけで決めてよい境遇」になった。
その時に、大学時代からの友人が「あたしンちの界隈なんかどう?」とプレゼンテーションしてきたのだ。

下町風情を残しながらも駅の近くは商業施設が充実、家賃の幅も広いし、交通アクセスも各路線が乗り入れていていいよっ!
何より、近くだからスグに会えるじゃーん?
昔みたいにたくさん呑もうよ。

彼女は軽い気持ちで言ったのかもしれないけれど、真に受けてしまったのだな。
しかし、あたくしが近所に引越しした頃から、仕事が軌道に乗ったのか、彼女は急に忙しくなった。
土日返上で地方に出張しているらしく、全く予定が合わなくなり、返事も途切れがちになった。

そうこうしているうちに、事件に遭ってしまったのだ。
事件のせいで、さらに夜逃げ同然の引越しをしたのだけど、何しろ3日くらいしか猶予がなかったので、まだ界隈に暮らしていた。

まだ割とまともに働けていたけど、夜なんか、何となく犯人が訪ねて来そうで怖かったな。
奴は家族に罰金を払って貰いシャバに放たれているので、もしかしたら自分の行方を捜しているかもしれぬ。
会社の人から貰った男物の革靴を玄関に置いて、宅急便の人にすら構えるのだ。
「田舎に仕事なんかねぇから」と、親は暗に帰って来たりするなよ、と言っているし、いろいろ悪いことを考えてしまうワケです。

だんだん極限状態というか、求めるように何度も近所に住むという友人に電話とメールする。
しまいには自宅にまで電話して「妻はまだ仕事から戻りません」って彼女の旦那さんに言われても、それが信じられないくらいにオカシクなっていた。

いや〜これじゃ、自分がストーカーだよなっ(笑)…と今は、思う。

どうやら、あたくしとその友人とは、互いの認識が違ったらしい。
そうして、結局はそんなに友人に執着する自分の間違いに気付き、諦めたワケです。

あたくしは、その街に4年も暮らしたけれど、とうとう一度も彼女と会うことはなかった。
彼女があたくしにただの一度も時間を捻出してくれなかったことは本当に残念だ。

しばらくして、引越し先に「何と高齢出産で子どもを授かりましたぁ」とルンルンの年賀状が来た。
また遊ぼうね、とある。きっと暇になったんだろう。
 
 
 
しかし、あれ以来、今もどうしてもあたくしは彼女に会う気になれない。
年賀状に添えるコメントも10年近く毎年「お仕事に育児に頑張ってください」のみ(笑)!

「ですから、今、わたしが一番恐れているのは、その街でバッタリ友人に出くわすことなんです」
と、あたくしはカウンセラーの先生に告白する。
 
そう、懐かしき街であたくしが会うのを恐れているのは、ストーカーではなく、すでに知り合ってから30年も経つ同性の友人なのだ。

普通は、古い友人に偶然会ったら、凄く嬉しいし懐かしいでしょう?
あたくしも、そうありたい。
だけど、執念深いことに、まだ怒っているんですよ。

「きっと、わたしが先に見かけたら、スーッと会わないように通り過ぎると思います。
 運悪く先に見つかって声を掛けられたら、忙しいからまたね、って逃げるようにすぐ別れると思います」

「あなたが怒るのも無理ないと思うのだけど?」
と、カウンセラーの先生はフォローしてくれた。

「でも、彼女は、その間に何がわたしに起こったのか知らないの。
 なぜあの時、わたしが彼女にとても会いたがったか、今も知らないでしょう。
 なぜ、疎遠になったのか、今も彼女は知らないし、考えもしてないでしょう。
 わたしが勝手に怒っているだけなんですよ」

あたくしがこの街に住んだことと、事件はほとんど関係ないだろう。だけど、いろんな思いが噴出する。

「無視するんだったらさ…
 わざわざ自分の街に呼ばなくてもいいのに。
 わざわざ結婚をしようって言わなくてもいいのに。
 声掛けておいて、存在を無視するなんて酷いよ」

そう、話は微妙に揺れていた。
友人への恨みを語っていたのに、いつの間にか、今回の話には全く関係ない夫への不満まで話してる(笑)。
 
そうして、深い怒りと悲しみの正体が分かったのだ。
「わたしを、無視しないで」
自分の全ての感情が、一緒くたになって、混じり合っている。
 
「でも、その友人から頂いた有形無形の様々なこと、楽しく時間を共有したことも覚えているんです。
 本当は昔のことなんか忘れちゃって、ただ懐かしく心から嬉しい気持ちで会いたい。
 そういう時が来ることを願っているんですよ」

これは本当の気持ちだ。
だって恨みの気持ちなんて、辛いばかりで邪魔っけじゃあないか。
 
先生は静かに聞いていた。