心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

「緊張の緩和」を考える。

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前回のカウンセリングからどういう訳か首や方のコリが激しくなり、緊張性頭痛に発展した。
30代の時に頭痛持ちで、いつもバファリンを携帯していた。自分の緊張の対応は全てバファリンアウトソーシングしていたのだ。
久々の緊張性頭痛を自覚した時、意外なことに「懐かしさ」を感じてしまった。
戻ってきた痛みに「おかえり」と言ってみる。
ちゃんと耳を傾けてみようと思っているのよ、今のあたくしは。
 
 
 
5年ほど前、臨床心理士さんに「筋弛緩法」なるものを習ったことがある。
「筋弛緩法」はリラックス法の代表的なもので、慢性的な緊張感や自律神経失調症の緩和に効果があるとされている。
楽な体勢で、筋肉にギュッと力を入れて暫くホールドし、脱力する。この脱力する感覚を味わう。
腕→お腹→お尻→足…みたいに左右の各パーツごとに順に行う。顔も、眉間をしかめたり口に力を入れたりを部分部分で行う。
全部を丁寧に行うと20分くらいかかるのだけど、結構毎日真面目にやった。
 
ほどなくして引きこもりから脱して働けるようになったのだけど、そうなると筋弛緩法の効果ではおっつかなくなった。
筋弛緩法の他にも「ゆる体操」や「ブレインジム」などのリラックス法を教えてもらったけど、「筋弛緩法」ほどの効果は得られなかった。
 
その頃は、自分がトラウマの影響でおかしくなっちゃってるっていう自覚が全くなかった。
たいした仕事でもないのに緊張感でクタクタになり、夜になったら義務感と強迫観念でリラックス法を試みる。
2年ぐらいそんな暮らしをしていたら、自分は何のために生きているんだろう? とか思い始めていた(笑)。
 
 
 
気功も「リラックス効果がある」と聞いて始めたものだ(厳密にいうと、気功はリラックス法ではないけれど)。
站椿功(タントウコウ)と呼ばれる気功法は、身体の力を抜いてひたすら身体を貧乏ゆすりのように振動させる。
難しいのは、身体の力は抜きつつも、肛門のあたりはキュッと締めることである。
 
気功とは宇宙に無尽蔵にあるエネルギーを自分の身体に取り込んで自らの生命力にしちゃおうというメソッドなんだけど、先生によれば「肛門が緩んでると、そこからせっかく取り込んだエネルギーが漏れてしまう」という。
「年を取るにつれて衰えるのは、下がゆるくなって生命力がだだ漏れになってしまうから」というのが気功の(とある一派での)世界観なんである。
 
肛門だけ締めながら身体は脱力するのは難しい。
「両方を同時にできません!」と言ったら、先生には「じゃあ、まずは身体の力を抜くことを優先させてください」と言われた。
身体が緊張していると、宇宙のありがたいエネルギーも入ってこないというワケ。
出ちゃうのは仕方ないから、どんどん入れましょう、という作戦だ。
 
で、「肛門を引き締めるのはおいおい…」と思いつつ、2年間はほぼ毎日続けていてだけど、これといった効果がみられないうちに倦怠期が来た。
まずは3年!と頑張っていたのだけど、残念なことにこれも、実際に職場でストレスを感じ始めると、何の歯止めにもなってくれなかった。
 
気功はやればスッキリ感はあるし、手のひらのピリピリ感は「いかにも」という感じで心地よいので、今も思い出したようにやっている。
ただ、当初の執着みたいなものはすっかりなくなってしまった。
 
緊張感を軽減するには、筋弛緩法のように「一旦、負荷をかけ、じわっと緩める」のがいいのか、それとも站椿功のように「最初から、ひたすら脱力」を目指すべきなのか、どっちが効果的なのか、結局あたくしの身体は答えを出すことはなかった。
 
 
 
ところで、上方落語界に桂枝雀(二代目)という巨星がおり、「笑いは緊張の緩和によって生まれる」との独自理論を残している。
彼はインテリで粘着質で理詰めで笑いを追求し続けた。
それは彼の落語を聞いているとビンビン伝わって来て、悲みに沈んでいてもウッカリ笑ってしまうような、不思議な引力がある。
 
枝雀は若い頃に鬱を患っているのだけれど、芸事をホドホドにやるなんて土台無理な相談なんだろう 。
古典だけでなく、新作落語や英語での落語にも挑戦し、更には役者まで…と精力的に活動した。
鬱を再発させてしまったのも無理からぬぐらいの活躍ぶりで、枝雀はその病をこじらせて亡くなってしまうのである。
 
枝雀の落語には神がかっているような噺がいくつかあって、笑いを通り越して、極まって泣けてきたりする。
本当に緊張が解き放たれた時、そこには笑いがあり、時には涙があるんだろう。
緊張から解放されたい気持ちを満たし、緊張感から解放されるあの心地よさが味わえるのが、落語の魅力の一つなのね。
 
枝雀の噺の中であたくしは好きなのは、人間以外、動物などが主人公になるパターンだ。
特に個人的に大好きで、オススメしたいのは「鴻池の犬」。犬が主人公のファンタジック落語だ。ハマれば、爽やかな笑いと涙に包まれるハズ。
これに「鷺とり」「貧乏神」「幽霊の辻」「崇徳院」あたりを加えたら、自分的には無限ローテーションでも大丈夫なんである(笑)。
 
 
 
さて、そこであたくしが今、慢性的な緊張感から脱するためにカウンセラーからご指導いただいている方法は、筋弛緩法や站椿功と比べると、驚くほど何もしない。
筋弛緩法や站椿功のように、リラックス感を身体に教え込もうとするのとは真逆のアプローチ。
ただ、過去の心地よい体験を思い出すだけ。そうしてその時の、自分の身体の状態を見つめるだけ、なのだ。
 
ただし、これもまた日々の練習や集中力が必要だし、コツがつかめないとどうにもピンと来ない!
先生から見れば、あたくしがリラックスしている時は一目瞭然らしいのだけど、「今、リラックスできてるでしょう?」と指摘されるまで、自覚できてなかったりするから面白い。
泣けているときに深いリラックス感に包まれていることに気が付き、驚いたりもする。
 
ただ、すでに持っているものを思い出せばいいんだ、という発想の転換は、今の自分は不完全であるから補わなくてはならないというプレッシャーから解放してくれる。
 
すでに全ては自分の中にある。忘れていて取り出せないだけ、と思えるだけで、緊張感は少し緩和されるのだ。
 
 
 
さあて、今夜は久々に枝雀でも聞いて寝るかあ〜。
枝雀落語大全(7)

枝雀落語大全(7)

 

 ※「鴻池の犬」収録のCDはこれ。枝雀落語大全はお値段も結構高く全40巻もあるのでなかなか手が出せないのである。あたくしは図書館で借りました。You Tubeでも聴けます