心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

『他人がこわい』時、実際に恐れているのは何?

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カウンセリングの日はいつも具合が悪くなるのですが、今回からその具合の悪さのタイプが変わりました。
何か特別なことをしたのかというとそうではなく、終わって気がついたらグッタリしていた始末。
具合は悪いのですが悪化したという感じではなく、何か時間が巻き戻されている感じ。
不安でしんどくて涙もろい…そして心臓痛い。
これ、何日続くのかなあ?
 
 
 
これは、自分が「全般性不安障害」と診断されて手に取った本。
 
『他人がこわい』 クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン 著
 
ところが、この本は「社会不安障害」(現在は「社交不安障害」)を認知行動療法で治す、という主旨の本だったのだ。
 
だからこの本はあたくしの QOL向上に全く寄与していない。だけど面白かったからオススメしておく。
 
 
その前に「全般性不安障害」と「社交不安障害」はどこが違うのかというと、不安を感じる場面が異なるのだ。
「社交不安障害」は、人前で話す時に病的に緊張するとか、人と接する場面に不安を感じるのに対し、「全般性不安障害」は、漠然と嫌なことが起こりそうで、最悪なことばかり考えて勝手に不安になる。妄想度が「全般性不安障害」の方が上手(うわて)だと思う(笑)。
 
漠然とした不安というのが厄介なところだ。
自分の持つリアルな不安を挙げると、人生行く先々で恫喝する人に出会うんじゃないかとか、これから知り合う人がストーカー気質であるかも知れないみたいな「気持ち悪い人に会う」不安だ。
会わないためにはどうすれば…とか、会ったらどうしよう…とか延々と考える。
確率論などを持ち出して自分を論破しようとしても難しく、常に頭の中でシュミレーションしているのだからクタクタになるし、人生も滞る。
 
ちょっと調べると、「不安障害」の治療は、「社交〜」にしろ「全般性〜」にしろ、抗うつ剤に加えて認知行動療法や暴露療法をしましょう、となっている。
そこで、ネットで探すのだけれど近隣でかつ保険適応のところを見つけることはなかなか難しかったりする。
意を決して地域の精神保健福祉センターの電話相談に問い合わせたことがある。
「こちらでは病院の紹介してません」とのことで、「HPからダウンロードできる医療機関の表を参照してご検討を」とのアドバイスを受けたものの、膨大な医療機関とそこで対応できる療法がコチャコチャ書いてあるエクセルの一覧表に、あたくしは途方にくれた。
お電話では「アンケートまとめただけなので、正確かどうか分からないです」とワザワザ言い添えられたので、すっかり萎えてしまった。
 
「不安障害」全般に言えることだけど、顔も知らない人に電話で問い合わせすることは結構ハードルが高い。
調子の良さそうな日に「向こうも仕事なんだし大丈夫」と励まして電話をする。
しかし、意を決して行った問い合わせした最初のクリニックで、これまたスッキリしない返答をいただくと、何となく熱が冷めてしまった。
 
そんな風にしてダラダラしているうちに、自分のようなトラウマ由来の不安には認知行動療法も暴露療法もあまり効果がないことを知った。
あぁん、そう?
トラウマ由来の不安とか回避行動を心理療法で適応させても、肝心の「生きている感」が戻らないそうだ。
誰か早く言ってよ、って感じだ。
これはトラウマを扱った翻訳本ではほぼ常識のように書かれているのだけど、日本の心理学界はどうやらトラウマ治療では先進国とは言えないみたい。
 
認知行動療法はマニュアル化しやすい療法なので、行う方からすれば扱いやすいし、マニュアル化もできるので費用的にも比較的お手頃にできるという利点はあるのだけど、効果が薄いのではしょうがない。
なんでちゃんと言わないのよ? っていうのは、どうやら日本における学会の力関係みたいなものらしいですよ。大変ですね。
まあ、そういう訳だから、強い不安を抱えている人は、まずそれが過去のトラウマによるものでないかを一度考えてみる必要があると思う。
せっかくの治療が無駄になっちゃうからね。
 
 
 
…脱線が長くなりました…という訳で、この本は「全般性不安障害」「ではなく」、そしてトラウマ由来「ではない」、人見知り・内気・あがり症などが高じた結果生まれた「社会不安障害」や「回避性人格障害」の症状を認知行動療法で治しましょう! と提案する一冊です。
くどいようですが「全般性不安障害」に「トラウマ」ついては一言もないです(笑)。
 
この本の良いところは、最終的には認知行動療法をオススメしているんだけど、認知行動療法のワークブックに「なっていない」ところ。
認知行動療法の具体的な方法に関しては別の本を参照する必要があるが、よい本はたくさんある)
それよりも「他人がこわい」って、具体的にどういう場面が怖いのよ? あなたが恐れているものの本質は? と本の前半を割いて細かく分類しているところが面白い。
著者はフランスの方なんだけど、対処法より原因の分析に重きを置くあたりは、理屈っぽいフランス人的アプローチかもしれない。
事例紹介もいかにもヨーロッパ的イイ加減な思考が漂い、アメリカの認知行動療法の本から感じる超合理的かつ生真面目な雰囲気が少ないように思える。
 
簡単には、
特定の場で緊張→あがり症(正常)が悪化して→社会不安障害(病気)
初めての場で緊張→内気(正常)が悪化して→回避性人格障害(病気)
みたいに分類している。
 
そして不安のタイプは4つ。
1)他人からネガティブな評価をされる不安
2)他人に心を見透かされる不安
3)他人からネガティブな反応が返ってくる不安
4)他人から見られている不安
 
巻末に簡単なテストが付いていて、自分は1)だった。
まあ、そうかな?という感じ。
自分の「全般性不安障害」的な不安の正体は「思いもよらない怒りや恨みを買ってしまうこと」なので外れてはいない。
 
面白いのは、本筋には関係ないのだけれど、最も内気な国民はドイツ人と日本人で、最も内気「ではない」国民はイスラエル人とユダヤ系アメリカ人というくだり。
内気でないというのはずうずうしいという訳ではなく、上手くいけば自分の能力、上手くいかなかったら周囲の所為、と合理化できる国民性ということらしい。
自分に厳しく、上手くいった時には「みなさんのお陰です」と頭を下げる日本人とは正反対なのだ(ドイツ人はどうなのかしら?)。
日本人の多くが感じている「生きづらさ」はこの辺の国民性が関係しているかもしれませんねぇ。
 
 
 
この本読んでいたら、幼少期の自分は非常に内気であがり症だったことを思い出した。
答えは分かっているけど「何となく間違っているような気がして」手を上げない、当てられてもずっと黙っている、喋る時は蚊の鳴くような声だった。
主張しない子供と思われることより、万が一間違えてしまうことが怖かったのだな。
そして不思議と、自身の内気やあがり症を悩んだことも少なく、どうやって日々のストレスから逃げおおせるかばかり考えていた。
どうしてそうだったのか、そして大人に差し掛かる頃、なぜその行動様式がコロッと変わってお喋りしだしたのかも分からない。
 
ある一時期から、この世界は多少の間違いはどうとでもなる楽しい世界だと知って、黙っていられなくなったんだろうか?
それとも、まず自分を曝け出さないと楽しいことは何も起こらないと、いつからかずっと無理をしてきたのか?
今は他人がとっても怖いのだけれど、この世界の楽しさもたくさん知っているから、あたくしはなんとか克服したいのだ。
 
…今回も全然本の紹介になってないけど(笑)、現在、内気であがり症の人にも、今は通り過ぎちゃった人にも面白く読める本だと思います。
他人がこわい―あがり症・内気・社会恐怖の心理学

他人がこわい―あがり症・内気・社会恐怖の心理学

 

 ※若い頃、パリでひと月程ブラブラしていたことがあるのですが、フランス人にシャイさを感じたことは一度もなく、むしろパリのイギリス人はシャイそうだなぁと感じたことを思い出しました。見た目だけの問題かもしれません。