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心の旅のお作法

妙齢からの、己を知る道、心のお散歩(笑)

気功、瞑想、あらまほし道へのストーリー展開。

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あたくしが習ってる気功は瞑想をあまりしないんですが、一度、先生にその理由を聞いてみたら…
心だけキレイになっても身体が弱かったらしょうがない
…とおっしゃっておりました。…なるほどです。
 
気功というのは身体の気の通りを良くし、宇宙エネルギーを取り込み、身体を強靭かつ健康にしちゃおうというメソッドです。(気功を知らない人は、なんだコリャ!ですけど…気功の世界では共通の認識、ルール、世界観…となっております)
そして、その延長線上に、金運アップ、願望成就能力アップ、能力開発、アンチエイジング、人の病気や体調不良も改善させちゃったりする力の獲得、なんかもあります。
そうです、ある意味「超人化」を目指すのです。
(でも、気功の世界では「元々備わっている力を開発する」「元々の自分を発見する」みたいな文法で展開します。この辺がミソ)
 
だからですね、気功の生徒さんの中には、ごく一部なんですが、ものすごくギラギラした人が紛れています。
実際に、気功の先生に「どれくらいの域に達したら、大きな家に住めるようになるでしょうか?」と質問している人に遭遇したことがあります。
気功でどれくらいのレベルに到達したら、自分の願いが叶えられる(この人の場合は、大きな家に住むこと)のか?と直球で聞いているのです。
心の汚れたあたくしは内心「バッカじゃね〜?」とか思って聞いていたのですが、その実、そこに来ている生徒さんのほとんど全てが「自分の病気を治し、人の病気も治せる不思議な力」獲得のために来ているのですから、本当は、ベクトルは異なれど欲の深さに違いはないのです。
先生の答えといいますと…
その域に達した時、あなたの願望は大きな家ではなくなっているかもしれません
…という深いものでした。
 
という訳で、気功というのは、体の感覚を入り口にして、主に肉体的な鍛錬をしていって、その果てに精神的な気づきがあり、やがて不思議な力がやってくればいいなあ〜という感じです。まずは体という道具を積極的に使って、あらまほし方向に行きましょうというストーリー展開が期待されます。
 
その辺をふまえて、瞑想(ヴィパッサナー瞑想)をやりますと、こちらでは煩悩の滅却を目指す訳ですから、最初はものすごく戸惑います(笑)。それまでは、健康、金運、アンチエイジング〜って、ある意味、煩悩満載だったのが、瞑想の世界では「反応しない心」の獲得がミッションとなるので、「あるがままに」と(あたかも)真逆に進もうとします。
 
瞑想合宿の帰りに「不思議な力を得られるような類のヨガを長く練習してきたけど、ヴィパッサナー瞑想を知ってからは興味がなくなったので辞めた」という方とお話しする機会がありました。
「修行の末に不思議な力を獲得した人は実際にいるし、不思議な現象を目の当たりにしたこともあるけど、そういう人でエゴが抜けている人はなかなかいない。どうしても“オレ様”的な部分があり、人格を尊敬できないから」と。
「不思議な力の獲得」と「煩悩滅却して解脱」、両方は手に入らないと悟って、その人は後者を選んだ訳です。
 
 
自分は不思議体験とは無縁な全くの凡人ですけど、一見、普通のお姉さんみたいな人から、かような面白い話が聞けることが、気功や瞑想をやってて面白いな〜、と思えることです。
 
実は、瞑想も極めれば超人化しないこともなかったりして、「寝なくても平気になる」とか「能力開発」みたいなものが、瞑想によって煩悩滅却した果てに訪れるみたいなのを、チラリと聞きました。
ですから、瞑想の場でも「どれくらいの期間瞑想すれば、寝なくても平気になるんですか?」と先生に質問する、ギラついた人が存在する訳です(笑) 。(「そういうことは、考えなくていい」と言われておりました)
 
最近の瞑想ブームでは、「仕事効率アップ」「アイデアが湧き出る」「睡眠時間短縮」などが言われてますし、その辺は悲しいかな、人として食いつきやすいポイントなんですよね。
でも、それは、あくまでも瞑想の効果のおまけみたいなもので、目的とするものではありまへん。あくまでも瞑想の目的は、煩悩の滅却、です。
 
さあ、あたくしの願望は「不思議な力の獲得」と「煩悩滅却して解脱」、どちらで叶えましょうかねえ…